| 私の養殖日記2008/10-12 | |||
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| ●12/25 次女(バーニーズの本当の保護者)は中学2年生頃まで「恐竜命」。恐竜大好き少女で何かというと恐竜の絵を描いていた。工作も恐竜だ。もちろん本物の恐竜は見たことが無いから本やジュラシックパークで見た想像の恐竜がお手本になっている。で何千年か先、未来人が伊豆半島でこの恐竜の作り物や絵を発見したら、何千年か前、この辺りには恐竜が住んでいた・・・ってことになるだろうか? タッシリナジェールの岩絵に有りがたく登場してくるゾウや巨大なサカナだが、その昔、村の勇敢な若者が外の世界を見るために南下、ジャングルでゾウやサカナを見て、村に戻って「ここから1ヶ月も南に行くと、こんな動物がいるんだぜ」って洞穴の壁に絵を描きながら自慢した・・・ってことはありえなだろうか。そうすれば、この辺りで大きな骨が見つからないことの説明にもなる。 タッシリナジェールには観光施設は何もないし誰も住んでいないので生活用品、食料、水は全て下界から持って行かなくてはならない。特に水は緻密に計算しないと命取りだ・・・といってもトアレグ人のスタッフに丸投げなんだけどね。ここで活躍するのが「ロバ」だ。今回の「タッシリナジェール学術調査隊2008」では10頭のロバが用意された。水や食料テントはロバが運ぶ。とはいうもののロバの管理は我々には出来ないので「ロバ使い」も2人必要になる。かくして3人の日本人が「タッシリナジェールの岩絵」を見るために6人のスタッフと10頭のロバが用意された。 ●12/23 20日に稚アユが10万匹入ったのに続いて、昨日は17万匹の生まれたてレインボーが、自宅がある伊豆の国市韮山の養魚場に入って来た。例年、こんな感じでスタートする。韮山の養魚場は100平方mの円形水槽が6個しかない小さな養魚場だが、レインボーやアユの稚魚を育てるので他人任せには出来ない。生き物商売は何でもそうなんだろうが、小さい時に失敗すると取り返しが出来ない。アユもレインボーも1g以下で魚病が発生した場合、はっきりした原因や対策が分からないままに全滅に近い被害を受けることが多い。 体力が無いので同じ病原菌に侵されても致死率が高くなってしまうからだ。特にレインボーの稚魚は稚魚期に当たり前の様にというか確実にIHNというウイルス性の病気に罹る・・・はしかみたいなものだが、致死率は90%にもなることがある。つまり今回の様に17万匹の稚魚がいたら、その内15万匹が死んでしまうという威力だ。レインボーの養殖はこのIHN対策に尽きるといっても大袈裟ではない。 この行程を他人任せにするのは勇気が要る・・・っていうか難しい。で、ほとんどの養魚場の経営者がこの作業に携わることになる。そして悩んでいる。営業まで手が回らない。ここに我々業界の貧困があると思う。 ●12/21 タッシリナジェールの台地には山小屋やコンビには一切無い。ヒトも住んでいない・・・らしい。動物も見掛けない。ネズミとジャッカルがいるらしいが気配も無かった。いるとしたら何を食べているのか。生きてんだか死んでるんだか分からない雑草は見掛ける。すっかり乾燥していて踏みつけるとバリバリっと音を立てて壊れる。谷が深くなったところに3回程イトスギに出会った。推定樹齢3000年とかで、これも半分枯れている様相だった。こんな厳しい環境なのに5000年前に描かれたという岩絵の題材は動物がメインだ。 ウシやウマ、ヤギ、キリン、ラクダ、ゾウまで登場する。狩の様子や踊る女性なども克明に描かれ、これを見て5000年前のサハラは水や緑が豊かだったという。サカナや泳ぐヒトまで見られる。絵は赤っぽい顔料で描かれていることが多く、この地方にたくさんある赤い石を粉にして獣の血や樹液を混ぜた絵の具を使ったらしい。時代によっては茶色っぽい顔料が使われたものもあった。年代の測定に関してはいい加減というか、公表されていないのか、ウシやヤギが描かれているから古い、ラクダが描かれたのは乾燥が進んだ時代のものだから比較的新しい・・・だろう的な解釈だ。
●12/20 今日の午前中は静岡県のアユ種苗センターへ稚アユを仕入に行って来た。KFSから10-12km裾野市内にある施設だが、3年くらい前からアユの人口孵化を手掛けている。今日は10万匹のアユを買ったが、9月頃に人工授精させたロットだと思われる。大きさはこの時期としては十分に育った0,7g。昨年の同じ時期に買ったやつの2倍くらいの大きさに育っているので、とりあえずは安心だ。 アユでもレインボーでもそうなのだが、0,3gも0,7gも見た目はたいして変わらないというか、稚魚期は成長が早いんであまり気にはしないのだが、よ~く考えてみれば0,3gの稚魚が2倍以上の0,7gに育つには順調に行っても2週間以上掛かる。5ヶ月後の5月末には50-60g18cmには育ててしまいたいので、この2週間っていうのは、けっこう重要な意味を持つ。 ちょっと前までは12月にこの大きさで入ると、河川の解禁の頃まで大きく育ち過ぎてしまい、成長を抑制するのがまた大変だったのだが、以前にも何回も書いたように最近のアユは成長が悪いので、今回の大き目な稚アユは歓迎だ。大きい程有りがたいという本当の理由は・・・この稚アユは大きさに関わらず1匹いくら・・・なのだ。不思議な話だよね。 ●12/17 タッシリナジェールの岩絵がある台地はこの辺りのサハラ(標高1200mくらい)から更に500mほど立ち上がっていて周囲は急峻な崖となってテーブルマウンテンを形成している。まずはこのテーブルの上に出なけれならない。オアシス都市ジャネットからランクルで2時間ほど走ったエルアグバというところから登り始める。11-12月のシーズン中には何十隊もの観光客がナジェール入りするので踏み跡はしっかりしている。とはいうものの観光?とするには厳しい登りだ。3時間以上掛かって急登を3回繰り返すと待望のテーブルの上に出る。 坂を登り切ると、いきなり平らなところに出てしまうというのは過去に無い体験だ。登り切ったところから地平線が広がる。まだ見ぬギアナ高地もこんな感じなんだろう。とりあえず到着した山頂は岩石が一面に広がり、生命を感じさせない荒涼とした大地だった。簡単な弁当を食べてその石の平原を歩き始める。地図は全く無いので、現地ガイドの後を付いて遥か彼方の岩山?を目指す。ちょこっと歩いたらキャンプ地へ着くんだろう・・・と気軽に考えていた。 それにしても現地ガイドの歩くスピードが速い。日本だと運動を目的としたスピードで、長距離を長時間掛けて歩くトレッキングとしては速過ぎると感じた。まぁ、おば様達も付いて行ってるので「いいかぁ」とは思った。 ●12/16 結局、今回のツアーはおば様3人と私の計4人だけの参加となったのだが、その年齢の総合計は250歳に近い。3人はアフリカ熱に侵されたかの様に毎年アフリカに来ているようだ。タッシリナジェールのトレッキングは、標高こそ低くアップダウンもあまり無いと聞いているが、彼女たち「秘境仲間」の間では「あそこは厳しい」ということになっているらしい。実際リタイアー組をターゲットにした「秘境ツアー」は体力重視ではヒトが集まらないので「ランクルで行ける範囲」のプランが多い。 今回のタッシリナジェールの募集では通常3,4泊のキャンプトレッキングを6泊7日とし「十分に歩いて頂ける」というスペシャルプランだったので参加したのだが「どうせ平らなところをちんたら歩くだけだろ」という油断はあった。タッシリホガーをランクルとテントで4泊5日で回った後、飛行機でジャネットというオアシスに飛んだ。いよいよナジェールの麓だ。ここで一人がトレッキングを辞退した。やはり現場に来てみたら体力に心配があるから止めるというのだ。何も無いオアシスのボロホテルで1週間も仲間の帰りを待つというのだから良く考えての決心なんだろう。 という理由で参加者3人、添乗員、現地ガイド、現地語通訳兼監視、キッチンボーイ、ロバ使い2人の計「9人とロバ10頭」の「2008年日本タッシリナジェール学術調査隊」は出発した。 ●12/10 今回行って来たのはアルジェリアのタッシリナジェールというところです。広大なサハラ砂漠の真ん中に、標高差500-700mの巨大なテーブルマウンテンがあって、3000年くらい前までは人間が住んでいたと言われます。強風と温度差で浸食された奇岩の掘ら穴に、ヒトや牛の壁画が残っていて学術上重要なところとなっています。 壁画の中には象やキリン、更には川でサカナを獲るヒトの絵があって、当時はサハラに水と豊かな緑があった証拠のひとつとされています。場所は首都のアルジェから南へ2000km、ニジェールやリビアとの国境付近となります。最寄りの町はタランマセットとジャネットになりますが、どちらもサハラの砂に埋もれてしまいそうな小さな町です。 タランマセットからはランクルでタッシリホガーへ、その後飛行機でジャネットに飛び6泊7日のテント生活でタッシリナージェールの台地を歩きました。こういうパックツアーは定年後のおばさんおじさんの参加がほとんどなので、若い!私は歩き足りないんじゃないかと思っていましたが、毎日炎天下を6時間以上歩き、日中は30℃を超えたかと思えば夜は零下、風が吹けば砂だらけ・・・これって一般募集して素人さんが参加したら死ぬぜ! っていう世界でした。 ●11/12 私が小学校高学年の頃だと思うが、それまでVHF12chだけのTV放送に、UHFっていう波長が短い電波帯が与えられチャンネル数が一気に60ch以上も増えたことがあった。もちろん、それまでのTVでは受信出来ずに、今回と同じような混乱があったが、今思うと社会(家電会社?)の対応がもうちょっと判り易かったと思う。 その時はTVの上に5000円位の(今だったら15000円って価値か?)UHFコンバーターなるものを置いて、新たにVHSアンテナの下に取り付けた小型のUHFアンテナからのケーブルをそれに接続。そうすると今までの3チャンネルにUHFの放送が映るという仕組みだった。UHFの選局はコンバーターに付いているダイアルでやる訳だ。 TVを地デジ対応のものに買い替えないと将来TVが見られなくなりますよ・・・と歩みを揃えていた家電業界だったが? 最近になってTVを販売していないマスプロや日本アンテナあたりから、地デジチューナーなるものが1万円くらいで販売されている。足並みが乱れた・・・って感じだ。 ●11/11 昨日は御殿場の妻の実家に地デジのアンテナを建てに行って来た。夏に薄型TVを買ったが、御殿場ではまだ地デジが普及してなくて、そのまま地上波、しかも半分倒壊した様なアンテナだったので画面はざらざらだった。実はだいぶ以前から地デジを見せて上げたい・・・とは思っていたのだが地デジって判り難くないかい?? なんだか国を挙げて?2014年のアナログ放送終了のまえにTVを買わせようと企んでいるとしか思えない状況だ。 もちろん若い方は簡単に理解出来ると思うが、古いTVを持っているのは我々世代やお年寄りが多いんだから、もうちょっと判り易い説明が必要だと常々思っていた。実は私も、この「妻に実家に薄型TVを買って地デジを見よう」運動が始まるまで、地デジのことが良く判っていなかった。各地の中継アンテナから発せられたアナログ波がデジタル化されるだけじゃないの?? たぶん、そういうことなんだろうけど、それをやたら難しくしちゃったんじゃないか?? ●11/10 一昨日の夜は寝るのがちょっと遅くなり?11時半頃に布団に入った。おやすみ3秒なので直ぐに熟睡状態。どっか~んという音で目が覚めた。けたたましいクラクションの音が途切れない。近くの交差点での交通事故であることは、寝ぼけた頭でも直ぐに判ったが、何だ?この騒がしさは?? ギャーというエンジンの音もしている。 収まりそうもないので、ベランダから見ると案の定50m程先の交差点で交通事故だ。まだクラクションとエンジン音が鳴り響く、夜中の12時過ぎだぞ。パジャマのまま野次馬になる。ここは南北に2km以上、東西に500m位の一直線の道路が交わる交差点。夜中は点滅信号となり事故が多かったが、10年ほど前にこの一角に交番が出来てからは事故がめっきり減った。あまりの喧しさに近所の人達も集合だ。1台は用水路を飛び越え電柱に激突、なぜかクラクションが鳴りっぱなし。1台は消火栓を倒して裏返しのままエンジンが全開状態。消火栓からは水が吹き出し凄まじい状況だ。 交番の前なので、既にお巡りさんによる救出活動がされていた。裏返しになった一台は、反対側に飛び出していたら交番にストライクで全国ニュースになったところだ。 ●11/6 期待以上だったのは、その液晶ビューファインダーの見え方だ。過去のデジカメやビデオレコーダーのそれの概念を変えてしまう程のデキだ。もちろん光学ファインダーには全く敵わないが、私なんかのレベルだったら、これでも十分だ。 アダプターを使えば今までのレンズも使えるとあるが、現実的には全く新しいレンズを揃えなければ小型化の意味が無い。デジタル一眼の歴史が浅い(・・ってほとんど無い)パナソニックだから消費者の不満もかわせそうだから実現出来た企画だろう。カメラメーカーみたいに、過去のレンズ資産が・・・と消費者サイドに立ったら恐ろしくて踏み出せない。というのもデジイチのコストダウンと小型化のために、各メーカーがAPSサイズという新しい企画のレンズを発売してから、まだ5年ほどしか経っていないのだ。いくら日進月歩のデジタル商品といえども、消費者の理解は得られないような気がする。しかし他のデジタル商品や商法を見てると「何となく許されてしまう」のが現実かも。 で、そのパナソニックG1だがペンタリズムとミラーを排除した割には、そんなに小さくないしデザインも平凡だ。恐らくこのシステムを使った、もっと小型化した製品を既に試作しているはずだ。G1程度のカメラを作るために、一眼レフの命とも言えるレンズマウントを変更したとは思えない・・・やだなぁ、デジタル商法は。 ●11/5 デジカメの話題で失礼。パナソニックからG1というデジタル一眼レフが発売された。次から次に新しいデジカメが氾濫する中で、ある意味画期的なものだと思う。一眼レフとしての性能や機能には目新しいモノが無いが、一眼レフには必需の「ぱっこん、ぱっこん」って動くミラーが無いのだ。一眼レフはフィルムからデジタルになって機能や性能がいっきに進化したが、フィルムが映像素子に入れ替わった以外、心臓部の機構は50年前と基本的には同じだった。 撮影レンズとファインダーを通して被写体を見るレンズが一緒・・・というのが一眼レフの最大の長所なのだが、そのためには、あの尖った「プリズム」とバコバコと喧しい「跳ね鏡」が必要なわけだ。で、今回のG1にはその両方が無い。だから、ちっちゃくて軽い。技術的には、そんな難しいことではないはずなのだが、商品化には家電メーカーのパナソニックだから踏み切れたんじゃないだろうか。 一眼レフの長所のひとつであり、カメラ親父たちが拘ることに「ファインダー像が綺麗に見える」というのがある。今だにライカやローライのファインダーが一番だ・・・という。事実ではあるが、今や小学生からケータイで写真を撮る時代。ファインダーっていうのは液晶が常識なのだ。で、G1は「ガラス越しの一眼レフのファインダー」を捨て、ビデオカメラでお馴染みの液晶ビューファインダーを採用した。老舗のカメラメーカーじゃ、なかなか捨てられないものなんじゃないかな。 ●11/4 自宅の隣が23時30分まで営業しているスーパー「マックスバリュー」になったことは以前に書いた。品揃えも豊富ですっげ~便利だ。先日、KFSへ朝イチ行かなければならなかったので、朝メシを食べてると遅くなってしまうから前日にオニギリでも買っておこうと思った。風呂上がりでパジャマだったけど「ま、いっか~」と上着だけ着てサンダルで出掛けた。 ビールコーナーを通ったら、ジンジャー入りビール(正確には発泡酒)が売っていた。へ~・・と6本入りを手に取ったら、底が破れ掛かっていたのか、ばらばらになって床をごろごろ。夜中にパジャマサンダルのオヤジが、スーパーの床にころがった缶ビールを追い掛けている図。これは相当恥ずかしいぞ。 絶対、防犯カメラに写ってるよな。もしかしたらビデオ大賞10位入選で3万円かも。 ●10/29 彼の話を聞いて驚いたのが「錦鯉の品評会」の現状だ。実は私の親父は錦鯉にはかなり入れ込んでいた時期があって、私も小中学生の頃は、各地の品評会や養魚場を一緒に見学した。そんなだったから、私はガキのくせに「昭和三色」「浅黄」「丹頂」「写り」など錦鯉の種類を見分けることが出来たし・・・子供は覚えるのが早い・・・品評会に出された自慢の錦鯉の欠点を見出すことも出来た「小憎らしいガキ」だったのだ。 で、その錦鯉の品評会では小さなコイは洗面器、中ぐらいのはタライ、大型になるとベニア板とビニールシートで作った水槽に放たれて採点を待っていた。優秀なコイ同士はひとつの水槽に泳がされ、その美しさを競わせた。 ところが「コイヘルペス」の蔓延の影響で、高価な錦鯉はお互いに水を通してヘルペスが感染しないように、展示会場ではビニール袋から出されることがないんだそうだ。つまり酸素が満たされたビニール袋に入れらたまま評価されるのだ。現場に行かずともネット上で品評される日も近いのかもしれない。 ●10/28 私が幼稚園生だった頃、KFSの養魚場で働いていた方が突然寄ってくれた。伊豆の長岡温泉で同窓会があって、その帰りだという。何年かKFSの養魚場で働いて、その後、故郷の浜松に帰り、家業の錦鯉の養魚場を継いだ。ちょうどKFSを開設した頃、庭池に入れる「安いコイ」を買った時に会ったきりだった。 昔話をして盛り上がったが、最近の鯉事情を伺うと他人ごとではない。養殖魚全体に言えるのは、魚病の発生の増加に対して、使用出来る薬品がどんどん規制されてしまうのも悩みだが、コイの場合、例の「コイヘルペス」の影響で基本的にコイの移動が制限されてしまったことだという。霞ヶ浦で大量に養殖されていた食用のコイも、移動が制限されてしまったので業界は瀕死の状態と聞く。 そういえば、最近は公園の池や野池には「勝手にコイを持ち出したり放流すると、法律で罰せられます」っていう立て札を見るようになった。 ●10/27 今朝の新聞に「イエメンで大洪水」という報道があった。昨年の10月にイエメンを一人旅していたのだが、あまりに乾燥した砂漠気候に喉と鼻をやられ、ひどい風邪症状が治るのに帰国してから1か月以上掛かった。その砂漠で大洪水というのだから「温暖化??」と思わず二酸化炭素増加のせいにしたりする。正確な情報はこれから入って来ると思うが・・・いや、世界恐慌前夜、毒入り食品報道大忙しなんで、そんな砂漠の国のことなんて明日にも忘れてしまうかも。 イエメンに行ったのは「砂漠のマンハッタン」と言われているシバーム旧市街を見たかったためだった。シバームはアラビア半島の先、イエメンの中央に位置する。ワディハダラマートという巨大な涸川の跡に泥で作られた高層都市群だ。平均7-8階建ての泥のビルがひしめきあって独特の景観を造っている。確かにワジ(涸川)の中だから稀に本当の川になることがあっても不思議ではない。実際、数百年おきに洪水の被害を受けているという。 柿田郎の写真館に「砂漠の摩天楼」の写真をアップしておきます。以前にも載せたことがありますが、ここが洪水に襲われたところは想像し難いです。 ●10/23 夏が終わってアユの成熟が始まっても、♀アユは子持ちアユとなるので価値が出る。♂は真っ黒になってコケてしまうので価値はゼロに近い。だから理想的なのは夏の内に雄雌の選別をして、雄の方は電照し雌はそのまま成熟させることだ。ところが現実的には、その選別をしなければならない時期は、アユもトラウトも育成や出荷に忙しく、KFSの場合は釣り掘りも忙しくなってしまうので難しい。 で、KFSの場合そのまま電照して育てるのだが、今年はあまりにも生育が悪いので、このまま飼っていても製品サイズに育たないんじゃないか?と思った。そこで思い切って電照を中止。育たないまま成熟させることにした。これだと半分近いアユが無駄となってしまうが、メスは小さくても子持ちになる。あまり小さい子持ちアユは通常ルートではなかなか売れないのだが「そうだ、丸干しにしてKFSのお客さんに買って貰おう!」ということにしたわけだ。 という理由で、今年は子持ちアユの丸干しがたくさんあります・・・買って下さい。こんな理由がなかったら絶対にお目に掛かれない珍味です。頼まれて作るなら倍の価格でも考えちゃいます。 ●10/22 アユは1年魚なので、夏を過ぎると成熟して卵巣や精巣が発達し、産卵放精後死んでしまう。養殖池でも同じことで、産卵場所が無いのでなかなか産卵はしないが、通常10月後半には死に始め、年を越す個体は稀だ。それじゃあ商売にならないので、8月後半から養殖池を電照する。見かけの昼間の時間を長くして、アユが何時までも「まだ夏じゃん・・・」と思わせるようにするためだ。電照しておくと上手く行けば12月になってもエサをガンガン食べて若々しいまま成長を続ける。 これを利用してアユは2期作が行われて来た。理論的には同じ施設でも2倍の生産量となるので儲かるはずだ。後半のアユは時季外れになるので鮮魚では売れないから「冷凍アユ」とするのが一般的だ。私のところでも15年くらい前までは11月一杯までアユが満タン状態のことがあった。特に韮山の池では水温が高いので、アユ達は電照で日照時間が長いままのと同時に、何時までも暖かいので全く成熟しないまま育った。 当時は周辺は畑や田んぼばっかりだったので、400wの水銀灯が12個も点灯していると辺り一帯も明るくなった。まだまだ昼間だぞ・・・と思わせるために21時までエサを与えていたので仕事も忙しかったが、その分は報われていた。 ●10/21 今日をもって、やっと養魚場からアユが1匹もいなくなった。最後まで育ちが悪く、どうにもならなかった最後のひと池のアユを全部採り上げて冷凍した。ここ数年は9月中旬にはすべてのアユが片付いていたので、今年は例外的に遅くなってしまった。理由は育ちが悪かったからだが、不思議なのは、こんな遅くまで飼っていたのに冷水病が発生しなかったことだ。理由が判らないので来年の養殖に活かせるかは判らないが、施設全体がクリーンになる方向に向かっているとしたら有り難い。 もっとも、かつてはクリスマスの頃までアユがいた。10月になっても北関東で盛んな「観光ヤナ」での消費がたくさんあって、価格はともかく紅葉の時期にも売れたのだ。更に余ったアユを冷凍しても十分に利益が出るだけの相場だったので、とにかく長期間に渡ってたくさん作った者が勝ちだった。北1号池の北側にモルタル造りの小屋があるがあれは冷凍庫だ。同じ規模のヤツが作業棟にもあるが、両方の冷凍庫が満杯になってしまい、他所の冷凍庫を借りる勢いもあった。 あんなにたくさんのアユ、誰が食べてたんだろ・・・って思いだすことがある。 ●10/20 まずは「家電のリサイクルって、どこでやってくれるの?」。 養魚場で発生するクズ鉄を引き取ってもらっているところで積み上げられているテレビを見たことがあった。そこへ行ったついでに「ここで有料でテレビを引き取ってくれるの?」ってっ聞いたら、そんなに簡単な話じゃないらしい。まずは郵便局でリサイクル券なるものを買う。家電の種類やメーカーでリサイクル料金が違う。今回のテレビは21インチ12-13kgのものも、例の84kgのも料金は同額の2835円。この辺りはちょっと不思議? 14インチとかも同じだという? 更に製造メーカーによってリサイクル品を持ち込む場所が違う。今回はサンヨーとソニー製だったのだが、両方とも沼津市内の「日本通運」の倉庫だったのは助かった。で、そのリサイクル券(領収書?)をテレビに張って、業者のところへ持ち込む。家電屋さんやリサイクル業者が出入りし、おっかなそうな?人達がばきばきテレビを分解しているところに「すいませーん、たった2台でお手数掛けます・・・」なんて入って行くのかな? って思ったら普通のボロ倉庫に案内され「普通のおっちゃん」と「よっこらせ」と重たいテレビを降ろして終了・・・なんだ簡単じゃん。 リサイクル料金に3000円も上乗せ出来るんだったら「いいアルバイトじゃん」と思った次第だ。 写真館に顛末をアップしました。 ●10/19 ここ数年、薄型テレビの価格が下がったので、テレビを買い替える方も多いはずだ。古いTVを粗大ゴミの日に捨てたり、電気屋さんに引き取ってもらったり出来なくなって何年かが経つ。リサイクル法ってやつだ。リサイクル料金自体は3000円前後なのだが、運搬費や手数料が追加される。25インチのブラウン管テレビを30万円の液晶に買い替えるなら、5000-6000円の出費は惜しくないかもしれないが、最近の液晶テレビは10万円で買えたりしちゃうから、消費税分程も取られてしまうことになる。ましてや物置の肥やしになっていたのとかを単純に始末したい時には「もったいない」金額だ。 実は私も先日、念願の液晶テレビに買い換えた。それまで見ていたのが36型のブラウン管テレビ。重さなんと84kg(カタログ値)。電気屋さんに始末してもらうと幾ら取られるんだろ? しかも単純に安い液晶TVということで「ジャパネット高田」で買ったから古いヤツは自分で始末しなければならない。更に同じ頃、妻の実家が液晶テレビを買うことになり、要らなくなったテレビは「私が始末します」と引き取って物置にある。 で、自分でリサイクル業者のところへ運んで、少なくとも運賃と手数料を節約しようということにした。 ●10/15 日本でも高級なところでは、目の前の鉄板で肉やサカナを焼きながら出してくれる・・・らしい。おそらく、あれと日本の焼き肉をコラボしようとしたのではないかと思われる。ところが実際に食べてみて最大の欠点は「不味い!」ことだ。驚いたことに、各種肉やサカナ野菜をぜーんぶ混ぜて、それに選んだ2-3種類のタレをかけて、一度に焼いてしまうのだ。しかも力強いパフォーマンスも見せなきゃならないから、肉も野菜も細切れになって焦げてしまう。 良く火を通した方が美味い食材と生っぽい方が美味いものがあるし、タレだって肉とサカナは違うじゃんね。結果、客が何を選んでも出来上がるのは「まっ黒な肉野菜炒め」なのだ。なんだかチンギスハーンの末裔の力強さを見た思いだった。ガイドさんが「素敵なお店でしょ?」って聞くから、「そうだね、日本でやったら絶対に流行るよ!」って言っといた。 モンゴル力士が引退後、ちゃんこの代わりにモンゴリアンバーベーキューのお店を出すのが楽しみだ。 柿田郎の写真館にモンゴリアンバーベキューの動画をアップ予定。 ●10/14 忘れたころのモンゴル話。前にも書いたように4泊5日のうち3泊がテント、1泊が機内泊だったのだが、帰りのウランバートル発が真夜中だったので、最後の夕飯はウランバートル市内で食べることになった。モンゴルの乗馬ツアーだと、ほとんどの食事が草原のツーリストキャンプでの簡単な食事となる。多分、これで一番ガッカリするのがガイドさんじゃないかと思う。私が行くような発展途上国に住んでいる若い子は、外国人観光客が使うような高級レストランを利用するチャンスは無いから、そんなところに入れるのもガイドの特権なのだろう。 今回も若いガイドさんはそれが楽しみらしく、最終日はウランバートルへ向かうクルマの中で「本日の食事は・・・」と楽しそ うに説明していた。15時過ぎにウランバートルに着いた我々は土産物屋に行って、観たくもない観劇をして、さあ食事の時間 だ。今回の「最後の食事」は、只今ウランバートルで人気急上昇中の「モンゴリアンバーベキュー」だ。これは店の名前らしい。バーベキューという割には店内は綺麗でお洒落。案内されたテーブルにはバーベキュー用の板も網もない。普通のテーブル だぞ?? 判ったのは、俗に言う「バイキング形式」で好きなモノを好きなだけ取る。ただし、牛、豚、鳥、羊、更には各種の野菜、サカ ナ、みんな生のままだ。これを好みで皿に取って、最後にコーナーに置かれた各種「タレ」を選んで、それを焼き係りのところに持って行く。そうすると筋肉も逞しい若者がパフォーマンスよろしく、巨大鉄板で焼いてくれる・・・というものだ。 ●10/6 正体不明の貝は「インドヒラマキガイ」らしいことが判った。インドヒラマキガイのアルビノで「レッドラムズホーン 」として熱帯魚屋さんで売られているとのこと。触るのもビビっちゃう程の毒々しい色はアルビノだからか。外来種がどうしたこうした、という話は「今更しょうがないんじゃにの」って思っていたが、ある日突然、こんな毒々しいヤツが家の隣に大発生したら驚く。 これが水の中にいる、しかも動きがトロい貝だからいいが、昆虫やクモだったらけっこうイヤかも。ましてや見たことがないような派手なヘビ、トカゲ、ネズミなんかが逃げて自然繁殖する可能性だってある。日本の冬は寒いから熱帯のジャンボタニシは逃げ出しても繁殖は出来ないということだった。温暖化が進むと凄いことになりそうだ。 ところで、外来種の話になると何時も思うのだが、日本国独自の生物が外国に行って繁殖して、農作物や固有の動植物に害を与えた例はあるのだろうか? ●10/5 そのジャンボタニシだが、20年くらい前にブーム?があった。サイドビジネスにジャンボタニシを養殖してみよう・・・っていうやつだ。各地で説明会が行われ「簡単な設備で養殖出来て、誰でも大儲け」。もちろん私のところへも説明会の招待状が来た。近所の会館で行われるというので「どんな風に騙すんだ??」と興味があって行って来た。 当時のことだからスライド上映だ。庭に置かれた簡単なビニールハウスの中に、プラスティック製の箱がいくつも並べられて、ジャンボタニシがうようよといる。こんな簡単な施設、エサは雑草や残飯、何でも食べるから経費はほとんど掛かりません。最初の設備と稚貝を当社から購入して頂ければ、養殖のノウハウを教えるし、育った貝は全量買い上げます。という説明だ。こう書けば「うそばっか」って判るが、中にはきっと騙されちゃったヒトもいたと思う。 その会社の名前が「優良水産」だから、どこまで本気だったのかは判らない。 ●10/4 柿田郎の写真館にある「怪しい貝」。韮山のアユの養殖池の排水が流れ込む側溝に繁殖している。この側溝は何処にでもあるコンクリートのU字溝だ。このU字溝に沿って隣には幅1,5n位の3面コンクリートの用水路もある。この用水路には昔からシジミ、カワニナ、タニシがたくさんいる。こちらは水が深い・・・といっても25cm位・・・からなのか「怪しい貝」は確認出来ない。 何時頃からかジャンボタニシの被害が報告されている。静岡県でも焼津や吉田、西部地域では相当の数が確認されていて、駆除も行われているようだ。一度見てみたいと思って、イヌの散歩の時など注意して側溝や田んぼを見ているが、今のところ自宅周辺では確認したことが無かった。 もし、これがジャンボタニシだかリンゴ貝で、私が第一発見者、しかも自宅に隣、養殖池からの排水が流れ込む側溝に繁殖・・・怪しいじゃん。 ●10/2 先週に続き、知人のお葬式だった。近所のお寺なので歩いて行って来た。JR三島駅から伊豆箱根鉄道でひとつ下った三島広小路の近くの大きなお寺だ。 葬式が終わって天気が良かったので、帰りは三島市の自慢?「せせらぎの散歩道」を歩いてみた。過去に何回かは歩いたことがあるが、この時期に歩くのは初めてかもしれない。クルマから見下ろすことは年中だが、歩いてみると違った三島っていうか、昔の遊び場を思い出す。ご存じの方もいると思うが、源平川に沿って作られたこの遊歩道は国道1号線を超えて続いている。日本「水辺100選」にも当然選ばれている。 面白いのはコンクリートや鉄の味気ない橋が造られた後に遊歩道を整備したために、頭が橋げたにつっかえてしまうような場面もある。さらにお洒落にということではなく、金が掛からない様に?飛び石風の部分もあり「お年寄りには無理だろ・・・って思うと、安全な迂回路が用意されていたりする。 三島市のお役人さんが作った(許可した)としたら粋だ。近いうちに三島駅から終点まで歩いてみようと思う。 |
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