| 私の養殖日記2008/04-06 | |||
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| ●6/30 アラブ諸国は昔から喫煙率が高く、私がよく旅した頃は男は全員吸う・・・って感じだった。飛行機も全席喫煙OK、機内はいつも煙っていた。レストランでも奥が霞んで見えたほどだ。それが昨年行ったイエメンでは、飛行場の喫煙室を利用しているのは数人の外国人旅行者のみ。一緒に食事をしたり、家に招いてくれた人達、運転手、ガイド、ホテルの従業員・・・誰も吸っていないのだ。これは、いったいどういうことなのか? パキスタンのバルトロトレッキングの時にも、20人を超すポーターがいたが、タバコを吸っていたのは2-3人。それも他のポーターに煙たがられながらだ。ネパールも同じ傾向で、ネパール人スタッフは誰も吸わない。山小屋でも欧米のトッレカーのごく一部が吸ってるだけだ。興味を持ってネパール人に「なぜ最近のネパール人はタバコを吸わないの?」と聞いたら「健康に悪いから・・・」と答えた。まぁ、それはみんな判ってるんだけどね。話の様子では止めるのに苦しくは無かったと言うのだ。 アメリカはタバコの大量生産国であるが、国内での風当たりが強くなり売上が落ちてしまった。でアジア諸国に余剰分を輸出しようという話があった。私が旅した頃は正しくそんな時代の真っただ中。アジアの町はアメリカタバコの派手なポスターだらけ。アメリカの煙草を吸うのがカッコいいというのが感じられた。 ●6/29 昨年行ったのマリでもそうだったのだが、最近飛行機はもちろん、飛行場内でも禁煙のところが多い。私はタバコを吸わないから気にしていなかったのだが、喫煙者には年々厳しい状況になっている様だ。久しぶりに立ち寄ったパリのドゴール空港は改装されていたが、チェックイン後の待合室や免税店がある通路に喫煙室は無かった。8人の参加者の中に愛煙家が2人いたが、私も同情してしまうほど「たばこを吸える空間」は少ない。日本を出てバマコまで24時間はタバコを吸えないことになる。恐らく世界中がそんな状況だろう。 不思議なのが最近旅先の現地人?の喫煙率が下がっていることだ。何かのデータからということではなく実体験としてだ。たぶん昨年のマリも同じではないかと思うのだが、私が30年前から何度も行っているネパール、インド、パキスタン等、かつては挨拶代わりにタバコを勧められたものだ。また街にはタバコを1本売りする子供がいたり、街角にはライター代わりに火縄?があったりした。それが今やタバコを吸っているヒトを見ることが少ない。ましてや「まぁタバコでも・・・」なんて勧められることは、まったくなくなった。 ●6/27 2月に工事が始まった隣のスーパーマーケットが昨日オープンした。昨年の10月に突然倒産してしまった地方スーパ ーの跡地にイオン系のマックスバリューが建設計画を発表したのは、その翌月。年も押し迫った頃、近所への説明会があった。 もともと「田舎スーパー」があったところに、新たに一流?スーパーが建設されるのだから、特に反対する住民もなく工事は順 調に進んだ。それでも当初の「6月にはオープン」は飽くまで楽観的な予定であって無理じゃないの・・・が大方の予想だった。雨の日も朝早くから遅くまで工事が続き、本当に6月中のオープンに至った。 倒産してしまったスーパーの時は、我が家の直ぐ裏といっても、四角形の3辺を歩かなければならず、しかもその道がクルマの 通りが激しい上に歩道が無いという状況で怖かった。今度の「我が家の食糧庫」は反対側にまで駐車場を拡大したので、そこを通れば安全、玄関を出たら1分で野菜売り場だ。20年間も隣がスーパーという極楽生活?をしていたのが、昨年、突然崩壊してしまい不便を強いられていた。やっと通常の生活に戻ったわけだ。 ●6/25 タバコ1000円論議が話題になった。確かに先進国の中では日本はタバコの価格が安い上に、10数年前までは規制(マナー?)も緩やかだった。以前にも書いたがKFSのお客さんの喫煙率は高い。養魚場のスタッフは私を含め全員が吸わないのに、釣り堀のスタッフは全員が吸う。で「1箱1000円になったら絶対に止める」って言う方が多い。もし日本中の喫煙者の考えがそうだとしたら1000円にはならない。専売といえども商売にならなくなるし税収も減るが値上げのほとんどが税金分だから、禁煙させなければ税収は増える。今後も小さな値上がりを続け「高いから禁煙しよう」という不届き者?を出さないことが「喫煙天国日本」の在り方だ。 数年前までは、まさかガソリンが170円になるとは思っていなかった。100円からいきなり170円になったならクルマを手放したり軽自動車に替える方も多かっただろうが、急激にではあるが段階的に上がっていくと降りるタイミングを失う。ガソリンも200円になったらクルマに乗らないという意見が多いと言われているが、これはただ「キリがいい数字」でしかない。あと10匹釣ったら止める…みたいなものだ。このまま行けば年内に200円を超えるのは必至だ。 タバコを吸いながら大きなクルマに乗るのがステータスになるのか? ●6/24 で代車に6~7年落ちのプロボックスっていう商用車が来たんだけど、実にシンプル。私が免許を撮ったのは高校3年生の時だから1973年頃、ちょうど初心者マークなるものが出来た時代だ。更にその3年前までは軽免許とか言うのがあって、16歳で軽自動車に乗ることが出来た。第2次?だったかな交通戦争とか言われ、年間の交通事故死者が2万人とか(現在は7000人位)あって、バイクや軽自動車で若者達もたくさん死んだ。今にしてみれば恐ろしい時代であった。 免許を取って最初に乗ってたクルマは親父のセドリックだ・・・2000cc6気筒ツインキャブ。当時はカローラが2台半も買えちゃう高級車であったが、それでもミッションは4速マニュアル、エアコン無し、オーディオは8トラ(知らないか・・・)。パワーウィンドウとリモコンフェンダーミラーが自慢だ。リモコンってワイヤー式だった。5ナンバーなんだけど、当時は周りのクルマが小さいから大きく見えた。 でプロボックスを2日間使ったが、オートマチック、エアコン付き。リモコンドアミラー、集中ドアーロック。必要最小限の装備と言いながらも当時の高級車を超えている。これ以上何が必要なんだ?? 最近、若者が昔ほどクルマに興味を示さなくなったという。どんなクルマを買っても、これくらいの装備はある。我々の時代の「クーラー付きの高級車」「クルマで音楽聴きたい」とかいう基本的な願望が、どのクルマでも叶えられてしまっているからじゃないのかな。 ●6/19 私の「なんちゃってフェラーリ」ことタウンエーストラックが18回目の車検を迎えた。走行距離こそ10万kmだが、流石にそこら中がやつれて?きた。KFSと自宅の往復の使用がほとんどだが、毎日使っている。時には砂利や砂、泥、クズ鉄やゴミも積むし、サカナはもちろん犬もだ。3人の子供も良く横に乗せて配達に行った。毎年、買い換えようかとも思うのだが、トラックが新しくなると汚い?荷物は積み難くなる。しかも最新型も外見はほとんど同じだし。で19年目に突入してしまったわけだ。こうなったら後2年、20年間は乗ってみよう。 流石に世界に誇るトヨタ製。この間一度も故障が無い。パンクさえもしない。細かいスイッチや電装関係も壊れない。でも、あまりに壊れないと買い替え需要が低下するんじゃないかと心配?になる。ルアーはロストするしリールは壊れるから新たに買う。というのは、あまりに素人考えで、これだけ壊れずに使えれば、途中での故障による仕事の停滞や修理費が無いわけで、次回も同じトラックをということになる。結局はトヨタも消費者も「お得」ってことか。消費者にこう思わせるトヨタって、やっぱり凄い ●6/17 1年に1回の「安全運転管理者講習会」っていうのに行って来た。毎年今頃あるのだが、これに出席する度に今年も半分終わったかと、しみじみする。過去にこれ管理する安全運転管理協会のばかばかしさ加減は何回も書いたが、去年辺りから雰囲気が変わって来た。それまでは講習の始めの挨拶は「とりあえず出席すれば話は聞かなくてもいい、寝てたいヒトは寝てていいし、ケータイ使いたい方は外に出てて下さい」から始まった。荒れた中学校?みたいな、この出席者を小バカにした挨拶は無くなった。 講習は6時間も続くのだが、かつての講師は何言ってんだか分らないご老人が多かった。最近は現職の警察官や保険屋さんも登場し、ビデオやスライドを見ながら「大きな声」で喋ってくれる。参加者は会社の中堅の方が多いので、当り前の社会常識は備えているから、こうなると皆マジメに聞いているし、ケータイも鳴らない。 聞けば一昨年、元協会長がクビになって空気が変わったらしい。何年か前「何に使ってるか分からない協会費(2万円)なんて払わない」って言ったら、我が家にお巡りさんと来て、このやろー呼ばわりされた。70歳のお袋には「女はすっこんでろ」。警察関係者ってこんなもんなのか・・・と思っていたが、やっぱりあれは異常だったんだ。 ●6/14 そうそう、12日は私と次女ミハルの誕生日だった。長女の時もそうしたのだが、ミハルが生まれた時に買っておいたワインを出して来た。残念なことにミハルは北海道に行っている。一緒に飲むことは出来ないので、宅配便で送っておいた。自分が二十歳の時のことを思えば、こんなもの大して有り難くもないだろうから一万円札をボトルに貼り付けておいた。 ミハルとは中学高校の時にふたりでモンゴルに行った。子育て中は何かと忙しく、気が付けば子供たちは親の手を離れている。それは私にとっては宝のような思い出になりつつある。ミハルは面白いヤツで、高校生の頃、私に「この本面白いから読む?」と自分が読んだ本を勧めてくれた。その中に「西の魔女が死んだ」があった。誕生日の朝、それが映画化されていたことを新聞で知った。「西の魔女が死んだ」は、読んでみたものの、何を言いたいのかが良く分からなかった。ミハルに感想を聞かれたが「う~ん、面白かったよ」としか答えられなかった。 登校拒否の女の子が田舎のお婆さんの家に預けられ、そこで自然に包まれた豊かな環境の中で自分を取り戻して行くような話だった。今思えば、そんな本を父親に読んでみろと言うのだから、何か心に葛藤があったのかもしれない。 ●6/12 今日は中伊豆までホタルを見に行って来た。毎年の恒例となっているが、今日は寒いくらいの陽気だった上に風もあって今イチであった。しかも月は明るいし、霧まで出るというオマケ付き。それでもホタルが飛びだす前まではアユをつまみにビールで一杯(運転手付き)と、抜かりはない。 デジタルカメラやケータイ写真の普及で「見ることは撮ること」になりつつある。その中でもホタルは難しい被写体だろう。三脚にカメラを固定。マニュアルフォーカスにして適当な距離で固定。絞りを開け、シャッターはバルブにしてリモコンやレリーズで切る。デジカメの場合はさらに感度を考慮する。そんなに難しいことではないのだが、1年に1,2回しか行わない作業だし、暗闇なのでなかなか思い通りには行かない。特に一杯入ってしまうと何事も「ま、いいっかぁ」ってことになってしまう。 一緒に行った方と、今年はちょっと「本気で撮ってみる?」なんて話になったが、どうなることやら。 ●6/10 普通の方?には関係ないが、アユが大変なことになっている。成長が非常に悪いのだ。3-4年前から海産アユに関してはそれを感じていたが、今年は人口孵化されたアユの成長も著しく悪い。アユの人口孵化は各都道府県の水産試験場や内水面共同組合の施設を使って行われる。最近では民間業者も数多く参入して、日本のアユの必要量を間に合わせてしまう程の勢いだ。それらのアユのほとんどの成長が悪いらしい。天然種苗の海産アユも成長が悪いとなれば、普通に考えられる原因はエサだ。 原料の魚粉や小麦粉トウモロコシの価格が高騰しているので、内容が悪くなっていることは当然考えられる。しかし、同じような原材料を使っているエサで育つレインボーは例年通りの成長をしている。飼育水はいつもと同じ、飼う人間も同じ、エサも問題なし・・・だとしたらアユ自体に何か変化が起きているということではないか。温暖化?? ●6/9 秋葉原で凄惨な事件が起きた。犯人は裾野に住んでいたというから他人ごとではない。今後の捜査が進むに従って、いろんなことが判って来るだろうが、レンタカーを借りて秋葉原まで走ったというのだから衝動的な殺人ということにはならない。秋葉原に着いて、まずはトラックで3人を跳ねた。クルマは間違えば走る凶器になると言われるが、それは交通事故のこと。今回のは武器になってしまった。 裾野から秋葉原まで走っている時の精神状態は、どんなだったのだろう。最近の世の中は変なヤツが多い・・・というが、クルマが無差別殺人の武器として、誰でもが運転出来るのは恐ろしい現実だ。硫化水素による自殺が流行ったが、こんな自殺願望の人間が周囲の善人を巻き込む事件が増えそうな予感がするのは私だけでは無いだろう。 こういう事件が増えてしまう原因が社会の歪にあることは、みんな何となく判っているのだが、それを是正出来るリーダーが居ないのが今の日本だ。政治家先生から我々まで、自分のことだけで精いっぱいになってしまった日本はどうなってしまうんだろう。 ●6/4 延々と連なるヒマラヤの白い峰々をバックに、凍って光るエベレストの斜面を豆粒のような人間が滑り落ちていく・・・降りていくのではない、落ちて行くのだ。。その三浦雄一郎の姿を捉えた写真は数枚しか無かったように思う。写真を撮る方も命懸けだったに違いない。なんてったってスタート地点は8000mを超えている。もちろんフィルムカメラだったから、途中でのフィルム交換は不可能だったろう。撮影ポイントに登ること自体が冒険だ。そのファインダーの中で三浦雄一郎は転倒して数百mを転げ落ちる。 その本の中にはスキーや冒険のことが多く語られていたが、最後に「カトマンズからエベレストまで歩いたことが楽しかった」と書かれていた。急に親しみを覚えた。その後、目立った活躍は無かったが、70歳、75歳でエベレストに登って我々に勇気を与えてくれた。正しい冒険家だと思う。 長い時間その本を読んでいたが、まさか「ここに泊めてくれ・・・ただで」とも頼めないので、暗くなり始めた山道を走るようにナムチェバザールに降りた。その後エベレストビューホテルには2回行っているが、もちろんお茶だけだ。 ●6/3 三浦雄一郎が75歳でエベレストに登った。私が小学校の時、少年漫画に「富士山直滑降」の記事があった。60度もありそうな斜面をパラシュートを付けてスキーで落ちて?行く人間の姿があった。こども心に「何だか凄いことらしい」ということは判った。その後、70年にはエベレストのサウスコルからも滑リ降りたが何故か喝采は受けなかった。 1982年にエベレストベースキャンプ方面にトレッキングに行った。帰り道に時間があったので、当時、世界最高所のホテルとして有名になっていた「エヴェレストビューホテル」に寄ってみることにした。標高は3800m以上、宿泊費は2~3万円とか聞いていた。もちろん泊るつもりはなく、エベレストを正面に仰ぐというサンルームでお茶だけ飲もうという計画だった。この年は雪が多く、エベレストビューホテル周辺も雪が深く近づくのも大変だった。後で判ったのだが営業を停止していたので除雪してなかったらしい。噂ではネパール政府が何癖を付けたということだった。 当然門も閉ざされていたのだが、若気の至り?で塀を乗り越えて中に入ってみた。そのエベレストビューホテルとやらを一目見たかったからだ。何故か「誰もいないだろう」と決め込んで侵入?したのだが、すぐにネパール人の留守番?に見つかってしまった。こんな場合、ネパールでは大したことにはならない。挨拶をして、どうしてもここのサンルームを見たかったことを説明すると、勝手口から中に入れてくれた。 噂のサンルームからはエベレストやローツェの8000m峰が見えた。朝夕には暖かいここに座って、チャイでも飲みながら赤く染まる世界の屋根を見ることが出来ることが判った。帰ろうかと思ったら、留守番の彼が暖かいチャイを入れてくれた。一人で退屈だからゆっくりしていけということだろう。そして、こんなの読むか・・・と一冊の分厚い写真集を渡された。それが三浦雄一郎の「エベレスト大滑降」だった。 ●5/23 昨日は隣組のお葬式があった。葬祭業者がほとんど取り仕切るようになっても、葬式の手伝いを隣組の人たちが手伝うという習慣はまだまだ続きそうだ。ほぼ一日潰れてしまうし、通夜もあるので前日から手伝わなくてはならない。実際には葬祭場で行われるので、我々の出番はあまり無く手持ち無沙汰な時間が長い。だから「もう隣組が手伝うことも無いんじゃないか」という方もいるし、私もそう思うことがある。 今回亡くなったのは85歳のお年寄りだが、小学生のお孫さんを連れて近所のスーパーに行く時に自宅の前を通っていたので、時々立ち話をした程度のお付き合いだった。暫くそのお孫さんを見ないなと思っていたら、葬式に現れた美しい女性がそのお孫さんだった。考えてみれば私の長女と同級生だったから当たり前のことなのだ。お孫さんがあんなに大きくなったんだから、お爺さんも年をとる訳だ・・・っていうのを、そのまま自分に当てはめて不思議な気分になった。 葬儀を手伝うことで隣人としての務めを果たし、すっきりした気分になる・・・ような気がする。そういうことで、この習慣はずっと続くだろう。 ●5/22 例年、ニジマスの発眼卵を3回に分けて購入する。年末と夏とGWの頃だ。今年4月の後半に入った発眼卵は非常に小さくて大きいものの半分くらいしかないんじゃないかと思われた。卵が小さければ生まれてくる稚魚も小さい。一概には言えないのかもしれないが孵化稚魚は小さいほど難しい。卵から親になるまで育てて、そのサカナから卵を採って育てる・・・を繰り返す完全養殖はニジマスの場合、明治時代には既に完成していたが、アユは戦後ということになる。その違いは孵化稚魚の大きさにあるという。 だからといって、同じニジマスを小さい卵から育てるのは難しいかどうかは確かではないが、今回の様にあまりに小さいと「これって、もしかして育たないんじゃないの?」と弱気になる。実際、孵化して出て来た稚魚はメダカの様に小さい。KFSの水温だと孵化してから14日目位でさいのうが吸収され始めて、沈んだ状態から表層に浮かんで来て泳ぐようになる。このタイミングで細かい餌を少しづつ与える、餌付けってやつだ。餌付けはあまり早くても食べてくれないが、さいのうが吸収されてしまってからでは栄養失調になってしまい「餌離れ」を起こしてしまう。 今回の稚魚は、その卵の小ささが影響したのか、いつもと同じタイミングでふ化施設から養殖池に出したら、既にさいのうは吸収されていて、痩せた体ですいすい泳ぎ始めていた。こんなことは初めてだ。 ●5/21 そのスーパーの工事は順調(多分)に進んでいて、建物にはガラスも入り始めた。6月中にはオープンと言っていたが「なんだか本当に出来ちゃいそう」な雰囲気だ。基礎工事が終わって、鉄骨を建て始めた頃、直ぐ向いの鉄筋3回建てのアパートの取り壊し作業が始まった。築5年も経っていない物件で満室だったのだが、更地にして売りに出すということだ。 ところが、この取り壊し作業が手間取っている。スーパーを建てるのと、このアパートが完全に撤去されるのと、どちらが速いか?みたいな感じだ。すぐ隣に同じく3階建てのアパートがあるので「どかんどかん」とは壊せないこともある。また最近の建築廃材の仕分けというかリサイクルのために、現場でコンクリート、鉄筋、屋根材、ガラス、木材などに分けている。気が遠くなりそう作業だ。耐震性を考慮した建物なので基礎も頑丈に作られているだろうけど、壊し始めて既に1か月以上が経っているが、まだその基礎を壊すところまでいっていない。 本当にスーパーの完成時期と同じになってしまうかも。見渡す限り田んぼだった自宅の周辺は、ここ10年位でほとんどの田んぼがアパートになってしまった。やがて一斉に老朽化してしまう。いったいどうなるのだろう・・・? ●5/20 ゴキブリの話だ。隣のスーパーが潰れて半年、新しいスーパーの建設が進んでいる。外側はほとんど出来上がった雰囲気だ。以前あったスーパーと養魚施設はビニールハウスのビニール一枚を隔てたお隣さんだったのだが、それはスーパーの裏側と接していた。たまたまだと思うが! ドキュメント「私は見た、これがスーパーの裏側だ!」という感じで、そこは非常に汚くなっていた。隣にスーパーが出来てからというもの、養魚施設にゴキブリを見掛けるようになった。 で今回の工事が始まった時に予感はあったのだが、そこに巣くっていたゴキブリが工事のために住めなくなって、うちの方に引っ越して来たんじゃないかと思うほどゴキブリが増えた。それも寒い内はどこかに隠れていたのか、ここ数日やたら見掛ける。さっそくゴキジェットを買って来て、夜の見回りの時にコマ目にやっつけているが、こりゃキリないぞ。 今度オープンするスーパーはイオン系の一流?スーパーだから、きっと衛生的に違いない。となると、このゴキブリ達は里帰りしない可能性がある・・・の? まさか「お宅のゴキブリが店に来る」とかは言わないだろうが、こりゃオープンする前に確認取っておいた方がいいかも。っていうか、ゴキジェットちょうだい! ●5/19 NHK特集でドバイの繁栄ぶりが紹介されていた。世界最大の人工島や800mの超高層ビル「アルジュドバイ」。300mの普通の?超高層ビルを遥かに見下ろした映像が衝撃的だった。10年前までドバイはアラビア半島の普通の港街だったという。石油も他の湾岸諸国と比べれば少なかった。そのドバイにムハンマド首長が世界一の都市を造ると宣言した。今や観光都市としても世界中から金持ちを集めるドバイだ。 実は私は、このドバイの空港には思い出がある。1982年、HISの前身「秀インターナショナル」が新宿でちっちゃな事務所を構えていた頃だ。机が2-3個あったその事務所でパキスタン航空の南回り3か月オープンのデュッセルドルフ往復航空券を買った。パキスタン、インド、ネパールを80日間ほど掛けて回った後、残り10日あるからエジプトへ行ってピラミッドを見てから日本へ帰ろう・・・なんて呑気な旅だった。ニューデリーからカラチへ飛び、カイロ行きの飛行機に乗った。2-3日前から何か体調がおかしかったのだが、その飛行機の中でいきなり倒れそうな程の倦怠感と吐き気に襲われた。後で判ったのだが急性肝炎だった。 カイロに向かう飛行機は途中ドバイに降りた。私は貧血状態で待合室で倒れていた。水を飲んでも戻してしまうし意識ももうろうだ。単なる食当たりか? ガマンしてれば回復するのか? ここで降りて病院に行くか? ところでドバイって何処の国だ? ビザは要るのか? 治安状態は?・・・ドバイって何だ?? この聞いたこともない街に病気のまま出ていくのはヤバいだろ・・・ということで、死ぬ思いで再び飛行機に乗ってカイロに向かった。カイロでの悲惨な体験はそのうち書くこともあるいだろう。 あの時ドバイで病院に行ってれば、田舎町ドバイを見学出来たのか・・・と思うと残念でたまらない。昨年秋にイエメンに行った帰りに飛行機の乗り継ぎが13時間あったので、その「砂漠に忽然と現れた超近代都市」をちょこっとだけ観光して来た。ラマダン最終日の混乱に巻き込まれ、危うく飛行機に乗り遅れそうになったことは昨年の10月13日の養殖日記に書いた。 ●5/18 私は養魚場で育ったので・・・って言ってもサカナだったのではないが・・・周りには何時も従業員がいた。お年寄りも居た訳で、彼らが「寒くなると腰やヒザが痛くなって辛いねぇ」と言いながら仕事をしていたのを覚えている。幼かった私は「寒い」のと「腰が痛い」という関係が理解出来なかった。腰痛自体も知らなかったし。1週間ほど前、数日気温が低い上に雨が降った日があった。そうするとまさしく腰やヒザが痛いのだ・・・まいったな。すっかり陽気を病む様になってしまったのだ。 文字を読むのに離せば見える・・・っていう感覚もどうしても理解出来ないでいた。眼との距離が離れた方が見えるっていうのも不思議な話じゃないか。それに離せば見えるんだったら、どんどん離して行けば見えるんだから問題ないんじゃないの? これもここ数年で、しっかりと意味が判った。私の場合、デスクワークはほとんどないので、まだ遠近両用メガネが無くても何とかなるが、ベッドで本を読む時は度の弱いメガネを掛けるようになった。老眼になると遠くが見えるようになる・・・というのも嘘であることが判った。 近視と老眼が一緒になるということは、カメラのオートフォーカスが1mと3mの間でしか作動しないことなのだ。しかも古いカメラなので修理不能。 ●5/12 ここ3日は3月並みの涼しさ?の日が続く。今日も気温は15℃までしか上がらなかった。バーニーズが暑さに弱いので、桜が散った頃から日守山に登っていなかったが、今日の涼しさに誘われKFSからの帰りに登ってみた。バーニーズは迷惑そうだったが、上り始めれば、そこは単純なイヌ、あちこち臭いを嗅ぎながら、どんどん登って行く。そのペースから言って今日の気温は確かに3月並みだ。 途中、日守山の整備に人生を掛けて?いるS老人が立ち枯れた大木とノコギリで格闘している現場に出くわした。みじめな姿を何時までも晒しておくにおは可哀そうだから倒して上げるんだ・・・と言う。ちっちゃなノコギリでは容易には切れないのか、体を木に当てて押しているが揺れるだけで「死んだ木」は倒れない。思わず「手伝おうか」とバーニーズと近寄ったら「大丈夫、もう倒れるから・・・」と言う。え~事態は全然変わっていないように見えるが。ご老人は「おまえは既に倒れている」とも言いたげに、その木に背を向けて私の方に歩いて来た。「この犬、久しぶりだね」なんて私に話し掛けている。2分くらいしてミシミシと音を立てて、その木は倒れた。 この方が何時だったか、町が整備した登山道を見て「ここから崩れるな」と言ったことがあった。3年前の大雨の時、正しく彼が指さしたところから山は崩れ駐車場を埋めた。 ●5/9 イエメンにはマーリブというところに「シバの女王」の宮殿跡があって人気だ。ただそこは内戦状態にあり、危険情報でも上から2番目「渡航を延期して下さい」だ。首都のサアナからはマーリブに行くツアーが出ている。各車両には武装警官が乗り込み、武装したトラックが先導する。そういうところに行くヤツは「自己責任」の鉢巻をしてもらおう。 行きたいところは、いっぱいあったが、そんな理由で安全が確保されている首都周辺と、500km程西側の「砂漠の摩天楼」のみを目指した。ところが一番危険なのがこの2都市を結ぶ道路で、最近になっても欧米人の誘拐が続いている。この間の飛行機が週2便らしいとか流動的で、この予約が取れた日を中心に日程を組んだ。旅は陸路移動が楽しいと思っている私には、楽しみの半分を捨てた形になったが全ては「安全」のためである。 以上は昨年10月19日頃に書いた養殖日記etc.の抜粋。今回のイエメンでの日本人女性二人の誘拐事件は、正しくこの危険地帯で起こった。連れて行った旅行会社も、「何も知らなかった」という女性も、久しぶりに「平和ボケ日本人」を思い起こさせた。確かにマーリブに行ったからといって直ぐに誘拐される可能性は何百分の1以下なんだろうけど、欧米人の誘拐が相次いているわけだし、外務省の危険情報の「渡航を延期して下さい」っていうのは「退避勧告」の次の危険ランクだ。退避勧告が出ているのイラクやアフガニスタン、ソマリアに次ぐ危険地域ってことだ。 だから、今回の事件は「自己責任」を問われても仕方がない。イエメンみたいなマニアック?な国へ行こうっていう輩が「危険性を知らなかった…」では済まないんじゃないだろうか。 誤解の無いように、もうちょっと説明すると、イエメンでも首都周辺や海岸沿いの治安は維持されていて観光には危険はない。マーリブ周辺だけが超危険ということだ。首都サナア周辺でも機関銃を荷台に設置しているハイラックスを見掛ける。それ自体は治安維持のためだから怖いことではないのだが、それに乗ってるのがサンダル履きの若者だから怖い。武器が身近だということだ。今回の事件によって、イエメンへの観光客は確実に減る。貧乏な国だけに残念なことだ。 ●5/8 新しいカメラを買うと、箱を開けて写すまでのドキドキがいい。しかしデジカメが安く氾濫するようになってから、年に2台は買ってしまうので、その感動は安っぽくなってしまっている。デジカメになってから付属品がたくさんあって、実際に作動させるまでに感動がイライラに変わっていく。しかも、まずは付属の電池を充電する・・・ってところがデジタル万能時代にあって妙に間が抜けている。 そのE410なのだが、CCDがEOSの半分しかないという割には図体が小さくない。見た目には若干小さいくらいかな・・・くらいだし、重さは20%ほど軽い程度だ。フィルム時代のオリンパスは小さくて良かったなぁ・・・と思ってOM2を出して来て比べてみると意外にもE410の方が、かなり小さくて軽い。こんなに小さな一眼レフなのに付属のストラップは太くて似合わない。帰りにキタムラに寄って細めの汎用ストラップを買ったが、それでも大袈裟な感じだ。そうか! OM2の細いストラップがあったぞ。 で、ストラップが2本も無駄になってしまった。更にインターネットでオリンパスにシリアルナンバーを登録したら、本革製ストラップを無料配布中。そうそう、そのキタムラのワゴンセールの中に、1000円の正札が付いた「ミノルタ純正サーキュラPLフィルター」を発見したのはついていた。55mmでピッタリだし。 ●5/7 先日バーニーズに破壊されたEOSだが、レンズは万華鏡状態になったものの、ボディーは奇跡的に動いている。使用頻度が高い標準ズームを失ったので1本買おうかと思っていたところ、近所に大型家電店エイデンがオープン。5月6日の日替わり目玉商品はレンズ付きデジイチが39800円で30台。壊されたレンズと同じ価格だ。EOSはそのまま使うつもりなのでレンズを買うのが正解なのだが、同じ値段でボディーまで付いて?来るというのは見逃せない。 その目玉商品はオリンパスのE410、篤姫?がCMしてるやつだ。普通のデジイチより小さいCCDを採用しているので、ボディもレンズも小型軽量だ。フィルム時代はずっとオリンパスの一眼レフを使っていたので前々から興味はあった。とはいっても2社の一眼レフを持つとアクセサリーやレンズが共用できないので得策ではない。 で、どーしようかなぁ・・・と思いつつ9時半に放流を終えて、その勢いでエイデンの行列に自転車で行ってみたら、30台限定の残り3台分の整理券を配っていた。整理券を貰っても、まだどうしようかと迷ってしまう小市民。一度KFSへ戻りお客さんと釣りをしながら考えて、有効期限すれすれの11時45分に意を決して購入。 ●4/30 上野動物園のパンダ「リンリン」が死んでしまったそうだ。日本にパンダが初めて来た時は確か高校生だったと思う。アグネスチャンも同じころだったような。それまで、ほとんどの日本人がパンダっていう動物を知らなかった。これも確かな記憶ではないのだが黒柳徹子が「中国には白黒の熊みたいなかわいい動物がいる」って盛んに言ってことがあった。それがパンダだったのだ。TVでパンダを見た時は誰もが驚いた・・・絶対、中に誰か入ってる。 上野動物園は毎日長蛇の列。「パンダの檻の前で立ち止まらないで下さい」は有名になった。当然、私も見に行った。その後、上野動物園で二世が生まれ順調に育っていた。これなら日本国内でパンダの繁殖も出来て、日本中の動物園がパンダだらけになってしまうんじゃないかと思われた(私だけか・・・)。さすがのパンダブームも去り、今日リンリンが死んだら、それが上野動物園最後のパンダであったことを初めて知った。ロンドンやメキシコの動物園でも繁殖が進んでいるという記事を読んだことがあったが、今はどうなっているのだろう。 あんなヘンテコな動物が育ってしまう自然がある中国って、やっぱり不思議な国だ。その中国でも繁殖が難しいから、ペットや漢方?として輸出されないのか。有人ロケットやオリンピックまで可能になった中国にも出来ないことがあって、何だか安心する。 ●4/23 自宅の周辺の田んぼの一部が、今頃の季節にはレンゲ畑となる。レンゲが咲かない畑も、ちょうど緑になる頃なのでレンゲ畑のピンクが鮮やかだ。子供が小さい時から、このレンゲ畑で写真を撮ったものだ。最近ではもっぱらバーニーズが相手をしてくれる。レンゲの花の一つ一つは地味だが、畑いっぱいに咲くと、よほど派手なモデルじゃないと対抗できない。その点、バーニーズは合格だ。あまり小さいと花に埋もれちゃうし。 で、毎年思うのだが、このレンゲ畑、もっと大規模にできないのかな? 自宅周辺は田方平野の稲作地帯、水田が見渡す限り続いているが、レンゲ畑が現れるのはごく一部だ。せめて1平方km位のレンゲ畑を作れば観光客を呼べるんじゃないだろうか。レンゲ畑でバーベキューとか。菜の花畑と互い違いにしても楽しそうだ。日守山の頂上から見たら綺麗だぞ。レンゲ畑はこの連休中には耕されて消滅してしまう。いつも「もったいない」と思いながら見ているが、これがいい栄養になるというから一石二鳥だ。 どうせ耕しちゃうんだから、その前にお花畑で遊びたいものだ。酒も飲めるぞー!! ●4/22 先日に続いて、昔治した歯が調子悪くて近所の歯科医院に行った。前回と同じような状況なので「そんなに痛いこと」はされない?と予想できるから、けっこう明るい気分で出掛けた。昔の歯科医院て、イスに座ると周辺に恐そうな(痛そうな?)機械や道具がたくさん見えたのだが、最近はそういうモノが見えないように気を使ってくれているのか? 特にここの医院はイスに座ると正面が立派なパノラマウィンドゥになっていて、立派な庭が見えるので、ちょっとだけ癒される。日本広しといえども、みんなで口を開いたまま見る庭も少ないだろう。 何時の頃からか治療中はイスがほとんど横になるようになっていた。私が虫歯でよく通った幼少の時代はイスが倒れなかったと思うのだが。なるほど患者も先生もお互いに楽な姿勢となるのだが、治療中の水や唾液が喉の奥に来て苦しいこともある。っていうか、食道に水が入り込まないように喉?を塞ぐと、意識しないと鼻で呼吸が出来ないのは私だけなのか? 時々呼吸の仕方が判らなくなってしまい焦る。倒れる椅子が実用化されなかったら、上の歯を治療するときには、天井から逆さ吊りにされていたかもしれないと考えると恐ろしい??? ●4/20 オリンピックの聖火リレーが大変なことになっている。今週中には長野にも来るわけだが大丈夫なんだろうか? 事故があれば原因を作っている中国が怒るだろうし。当たり前だが聖火は中国内もリレーする。ラサも予定コースに入っているし、何やらエベレストの頂上まで行くらしい。厳重な警備の中、コース変更をしたり隠れたりしながら「聖なる火」はリレーされるのだが、どう考えたって変だろう。あれじゃ戦車で運んだのと大して変りが無いじゃないか。 私はネパールやインドを旅するのが好きなのだが、とにかくチベット難民の多さに驚く。どこへ行っても路上にはチベット人の土産物屋を見る。恥ずかしながら1977年にインド北部を旅するまで「中国のチベット侵攻」のことは知らなかった。82年にカシミールを訪れた時にチベット難民の夫婦の家にお世話になって、興味を持って本を読むようになった。ダライラマの自伝も読んだが、きっと中国人が読むチベット関係の本には紅軍がいかに正義と犠牲を持って「動乱のチベットを解放」したかが社会主義口調で書かれているはずだ。 中国人は「国内のこと」だから学校でも「チベット解放」を習う。反面我々はその事実を知らな過ぎるし、知ろうともしない。数の論理でチベット人が駆逐されてしまうとしたら「少数民族の日本人」も危うくないか? ●4/10 昨日見学に行った養魚場は配合飼料を自分のところで作っている。魚粉や小麦粉を購入してビタミンや無機塩類の微量栄養素を混合し、ペレット製造機を通してエサにする。ニジマスの場合、エサ代は生産原価の半分以上を占めるので、自家生産によってエサ代が30%も節約出来たら画期的ではある。 KFSの養魚場でも40年以上前は、養魚場内でエサの一部を作っていた。その頃はお手軽なペレット製造器なんてものが無かったので、海で余分に獲れた生や冷凍のサカナに小麦粉や魚粉を混ぜ、挽肉を作る時のチョッパーでウドン状にしたものをそのままサカナに与えていた。水分が多く熱処理もしていないので腐り易い。だから毎日作らなければならなかったようだ。 そのころの養魚場には、どこも立派な冷凍庫や冷蔵庫があった。もちろんKFSの養魚場でも一番立派な建物は冷凍庫であった。なぜなら、エサにする生の原料(主に海のサカナ)が安い時にまとめて購入し、冷凍庫にストックしておくことが安いエサを作ること、すなわちコストダウンのための一番の手段だったのだ。 ●4/9 同業者の誘いで伊豆の養魚場を視察に行った。昨日の大雨で被害が出ていると迷惑かなと思ったが無事だったようだ。それどころか昨年から続いている渇水が一気に解消されたと喜んでいた。3人の養魚場のオーナーが一堂に会した??訳だ。昔だったら自慢話に華が咲いたのだが、もうホラ話しをする元気もない。今にして思えば、15年くらい前までは、サカナなんて幾らでも作れたし、作れば相応の値段で売れた。あの時儲けた(大した金額ではないのだが)金はどこへ行ってしまったのか、なんて話に落ち着く。 この二人は我々業界内でも拡大路線派で、日本でも有数の生産量を誇る。反面、15歳も若い?私はこの20年間マイナス思考で事業縮小に力を注いでいる。私が今の事業を引き継いだ時は彼らと同じくらいの生産量があった。どっちを選んでも業界全体の落ち込みからは脱出できなかったという結果になった訳だ。で今日の結論「だけどなぁ~、サカナ飼うしか能が無いじゃん」。迷うことは無いということだ。何だか太平洋戦争時の日本軍みたいな気もするが。 ●4/8 正しく春の嵐。夜中の3時に風の音で目が覚めた。天気予報が「荒れるかも・・・」と言っていたので気にはしていたが「なんじゃこりゃ」っていう勢いだ。稲光まで光るし。そうだ、ビニールハウスの天窓を開けたままだった、風で壊されるかもしれない。横殴りの雨の中を閉めに行くのだが、自宅の2階の玄関ドアを開けるのが恐ろしい程の強風と雨。真っ暗なビニールハウスの中に入ると、ハウス全体が風で動くのか、強風の度に気圧の変化を感じる。 ベッドに戻ったが眠れない。びしょびしょだし。今日は6時前にKFSで出荷作業があるから、5時には起きなければならないから、このまま起きてるか・・・って思ったら寝てしまった。5時半に自宅を出たら、国道に出るところで新聞配達のバイクが倒れて、かっぱ姿のおばさんが呆然と立っている。スピードを落として近づくと、バーニーズのような目でこっちを見る。しょうがないなぁ・・・とクルマから降りてバイクを起こして上げた。またびしょびしょだ。 「何かお礼を・・・」とか「せめてお名前を・・・」なんてこともかき消されてしまう暴風雨だ。おばさーん、もしお礼したかったらKFSの柿田郎だからね。お酒かビールがいいな! ●4/7 私は散歩というかウォーキングが好きなのだが、バーニーズが歩くのが遅いので困ってしまうことは書いた。するすると5mも伸びるリードで散歩してるのだが、イヌだから度々臭いを嗅ぐので立ち止まる。これが非常にうっとうしい。小さいイヌなら、そのまま引きずれるのだがバーニーズは重い。で、いやになってしまう。ウンコもでかい。 春になって6時前、まだ薄暗いうちに狩野川の土手へ行くと、誰も(イヌも)歩いていない。そこでバーニーズのリードを離してみると、私にぴったりとくっ付いて離れない。匂いも嗅がない。なん為のリードだ・・・? 臆病なバーニーズはリードで私と繋がっているから安心して道草ばかり食うのだ。他のイヌと会ってしまうと事件が起きそうだが、誰も居なければお互いに非常に楽だ・・・っていうかバーニーズは緊張しっぱなしかもしれない。 と思っていたら、何回か行くうちにヤツも慣れたせいか5m先を歩いたり勝手に草むらに入って行ったりする。ところが次第にずうずうしくなり、30mくらい離れても悠然としていたり、「来い!」と言ってもへらへらと無視することも。首輪に付けてリモコンで「ビシッ」と電気ショックを与えられる機械がないかな・・・そんなのがあれば犬だって離して貰えるからお互いに幸せなんだろうけど、イメージが悪いから販売は無理だろうな。子育てしてる時は子供用が欲しかったけど。 ●4/6 写真館に新発売のデジカメの写真を張ったが、どちらも「欲しいなぁ~」と物欲が湧く内容のカメラだ。オリンパスの水中デジカメは、ちょうど今まで使っていた水中ハウジングに入れて使っていたデジカメが調子が悪くなったので、代わりを物色していたら広角レンズ付きの水中カメラが発売された・・・というのが2台写っているヤツだ。 問題?は後の黒いヤツ。デジカメオタクなら、というか良識ある方は一生存在を知ることもないだろうという、オタクデジカメ「シグマDP1」だ。Foveonという一風変わった映像素子、それも一眼レフ並みの大型を採用している。今までのコンパクトデジカメとは根本的に違う「画質追及型」だ。カタログスペックだけを追求している全てのデジカメを嘲笑うかの様な孤高の存在感だ。大手メーカーが消費者をバカにした画素数競争に夢中になっている間に、小さなレンズメーカーが本物は何かを世に問うように開発されたデジカメだ。で、ちょっと使わせてもらったが感想は「あまり欲しくない」だった。残念ながら私の手には負えそうもない。「商売としては上手く行かない」と思うが、これを機会に各メーカーが「まともなデジカメ」を開発してくれたら面白い。 アブのクローズドフェイスやロータリーエンジンと似てるかな。 ●4/3 猫が35km離れた町で発見された。配達のクルマに乗って行ってしまったらしい。私のウチのホイミも知らない間にお客さんのクルマ乗っていて、そのまま走りだしてしまい、暫くして「ネコが乗ってた・・・」と引き返して来たことが2度あった。15年くらい前、ペットショップに捨てられていた立派なペルシャ猫を貰ってきて飼っていたのだが、ある日突然いなくなってしまった。恐らく、こういうことだったのではないか。 更に30年ほど前、養魚場内に「アヤ」という芝犬が放し飼いにされていた。放し飼いでもまったく問題を起こさず、しかもネズミを捕る賢い犬だった。7-8年生きていたが、ある日突然いなくなった。今に帰って来るだろうと思ったが、姿をくらませたまま1年以上が経った頃、沼津港に行った従業員のところに犬が走り寄って来たという。それが「アヤ」だった。無事、養魚場に連れ戻され、その後数年、幸せに放し飼いされていた。きっと、何かの拍子で魚屋さんのトラックにでも乗ってしまったのだろう。 けっこう賢い犬だったが、6-7kmしか離れていないのに、自力で帰って来なかったのは犬らしくないとも思った。 ●4/1 今日からガソリンが安くなった。いっぺんに25円も下がるなんて「エイプリルフールか?」なんて思ってしまう。25円下がったといっても、ここ1年で50円も上がってるんだから「安くなった!」は間違ってるような気もするし。今まで余分に払っていた25円は道路建設の財源としていたことになっている。もちろんそのその全てが健全に使われていたなんてことは誰も思ってはいない。ただ、この25円が廃止されると道路工事が減ることは確かだ。公共工事で飯を食っていた建設業界は打撃だろう。かつての日本の様に、建設業界の不況が不景気を呼ぶというような図式は当てはまらないだろうが、ガソリンが安くなって困る業界があるというのも不思議な話だ。 2年ほど前から、自宅の近くで田舎としては大規模な道路工事が始まっている。伊豆へ向かう136号線と県道を立体交差にするためだ。立体交差になると元韮山町役場まで一直線で繋がる。韮山町民としては長年の夢がここで叶う訳だ。が、2年前に韮山町は隣接の2町と合併して「伊豆の国市」となった。それに伴い韮山町役場も支所となり、やがては消えていく運命だ。こんな道が出来ても誰も通らないぞ・・・どうすんだ?? 私はアユの引き取りに行ったり、海水を汲みに行くのに非常に便利になる。多分、この大工事の恩恵を大いに受ける一人だろう。でも血税で行われている「不要な道路工事」だと思うと「今からでも中止した方がいいんじゃない??」と思ってしまう。 |
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