| 私の養殖日記2008/01-03 | |||
|
|||
| ●3/30 近所にバーニーズというレストランがある。名前から想像できるように、バーニーズを飼っていることがウリだ。私のところでバーニーズを飼い始めたのがきっかけで、数回利用しているのだが、バーニーズがデカくなってしまったからは初めて同伴?で行って来た。当然、店内には犬を連れて入って良いわけで、犬好きには貴重なレストランだ。で、最近ぎゃんぎゃん吠える我が家のバーニーズだから、ちょっと心配だったがバーニーズの「本当の保護者」である次女が帰って来ていたので同伴を実行してみた。 先客は4-5人しかいなくて、しかも犬は連れていない。初めての体験には絶好の条件だ。壁の下にはリードを繋ぐ金具があって、それにバーニーズを繋ぐと、すれすれでテーブルに届かない。基本的にはステーキ屋さんなので、店内には肉が焼けるいい臭いが立ち込めている。そわそわするかと心配したが、床に伏せたまま大人しくしている。我々の食事も無事終了。何だか期待外れ?の犬同伴食事となった。 ●3/29 KFS前の用水池の桜が八分咲きとなり、簡単な?お花見をやった。富士山もくっきり見えて、良い花見となった。毎年、今年の開花は早いぞ・・・と言われながら普通に咲くような気がする桜だが、今年は実際に早く、来週末には手遅れ?になりそうな雰囲気で慌ててしまう。 まったく桜とは日本の春に合う。これが普段から葉っぱがある木に花がぼちぼちと咲いたら、こんなには盛り上がらない。まさしく「枯れ木に花を咲かせましょう・・・」的な演出が日本人にはたまらない。まぁ、そういう桜だったから日本中に植えられたということなんだろうけど。 私も若い頃は「花見の何が楽しいんだろ・・・」と、ばかばかしく思っていたが、どうも日本人を長くやってると桜が好きになるらしいことが判った。年々この時期になって通勤路の桜が咲き始めると「どうする、どうする」と焦ってしまう。今日はいいお花見をしたので、とりあえずは安心だ。 ●3/28 自宅の裏のスーパー建設の工事が始まった。この辺りは大昔、狩野川が流れていたらしく、その堆積物のために地盤は良くない。大型の杭打ち機械を入れてコンクリート製の杭を何本も打ち込むのだが、その作業が非常にスピーディだ。10mくらいの穴を掘るのに10分位しか掛かっていない。凄い機械ですねぇ・・・とお世辞を言ったら「いや~ここは土地がグズグズだから、簡単に掘れちゃうんです」。隣に住んでる者にとっては、ちょっと怖い。5-6年前、西隣に完成した鉄筋コンクリートのアパートも同じような基礎工事をやっていた。 両隣でそんな工事が必要なのに、私の家は杭も打たずに「グズグズの土地」の上に立ってるわけだ。筑後25年が経ったが、そんなに?傾いていない。東隣にもしっかりしたアパートが出来た。予想される東海地震では、真ん中の私の家だけが潰れるのだろうか。何だか、耐震設計になっていない古い家は潰れましたが、最新の設計によるものは被害が有りませんでした・・・なんていうCMに使われるかもしれない。 ●3/27 サカナの養殖は基本的には卵や稚魚から始める。もの凄くちっちゃいから、最初のうちはエサも少量だ。例えば先日仕入れた人工孵化アユなんか、10万匹といっても平均魚体重が0,3gしかなかったから総重量は30kgしか無いことになる。それが魚体重の4%の量のエサを食べても、一日に1,2kgしか食べないことになる。個体が大きくなると2%位しか食べなくなるのだが、それでも平均魚体重が20gになれば全体では2トンとなるから、例え2%でも1日に40kgも食べることになる。 配合飼料は細かいものほど高いが、成魚用の大粒のエサを売らないとエサ屋さんは儲からないわけだ。養魚場としても大量に使う成魚用のエサは値段や品質に特に敏感になる。養魚場同士やエサ屋さんと「今、エサいくらで買ってる?」という会話があるが、それは成魚用のエサ1袋20kgの単価を指す。アユはこれから、どんどんエサを食べ始めるし、レインボーは湧水が増えて来るとたくさん食べる。養魚場も忙しくなるが、エサの売り込みでエサ屋さんの出入りも多くなる。 ●3/25 メンバーの一人に医者になったヤツがいた。カトマンズで会ったときは一流大学を卒業後、あの頃は超人気企業だったJALへの就職も決まり、卒業旅行を気取ってカトマンズに来ていた。で、皆で安食堂で夕飯を食っていたのだが、彼が「オレさぁ、医者になろうと思うんだ」という。JALを蹴ってだ。それが、その旅が原因かどうかは興味がなかったし、冗談だと思ったので詳しくは訊かなかった。 ところがその10年後に会ってみると、あの後1年間猛勉強をして医大に再入学し卒業、インターンをやっているという。そして今は開業して頑張っている。趣味で馬を飼ってるというから、一同「相当儲けてるな」。今回は全員が健康で集まれたが、そろそろ危ない世代、次回は10年後だと誰か欠けてしまうかもしれない・・・という弱気な意見。じゃあ、5年後にするか・・・という案も出た。 次回は「カトマンズ集合にしよう!」は、もちろん私の提案だ。 ●3/24 先週の土曜日に久しぶりに東京へ行って来たのは、何時だったここに書いたが30年前にネパールで、たまたま会った日本人同士が10年おきに会おうという約束の下に集まったからだ。メンバーは私を入れて6人。52~60才で住まいも仕事もそれぞれだ。ネパールで会ったときは、それぞれ30歳若かったことになる。当時、私が最後に帰国したので、そのまま東京で1杯やった。その後88年、98年、今回と全員が出席しているのが凄い。 今でこそ、世界中何処へいくのも簡単だし飛行機代も安い。当時はまだ海外旅行自体が贅沢なものであったし、ましてやネパールやインドへの一人旅というのは、正しく「冒険」であったと思う。1ドル306円、ドルの持ち出し制限があった時代だ。北海道から駆け付けてくれたメンバーを含め、全員がとりあえずは元気で再会した。しかし、次回も10年後だと、ちょっと心配?という意見があり「5年後くらいが安全か?」ということになった。 30年前のカトマンズは、「ジョッチェン」通称フリークストリートの「オリエンタルロッジ」という安宿で、そんな約束をした。今回は品川に集まったのだが、客引きに着いて行った居酒屋が奇遇にも「オリエンタルキッチン」。 ●3/21 先日購入した海産稚アユ3ロット分を大小選別した。大きい個体は7g位まで育っていた。小さい方は2gくらいの小さなヤツも多かった。最初のロットはちょうど1ケ月前に池入れしたものだが、5倍程度までしか育っていない。数年前は最初の1か月で6-7倍には育ったことを考えると、やっぱり最近のアユは何だか変だ。しかもここ数年は、ここから成長が鈍る。病気でのロスはゼロに近かったので良しとする。 今年は近所の海(沼津)の稚アユが少なく、私のところには1匹も入って来なかったのだが、一昨日になって突然「明日入るぞ~」って連絡があった。通常は中2日前に配給の連絡が来るのに変な話だ。3月も中旬を過ぎると、海を泳いでいるアユは病気を持っていて怖い。しかも今年の場合は人口孵化アユをたっぷり持っていたので、そんなアユは要らなかったのだが、今度はどうしても引き取ってくれと言う。例年、ひと口くらいは、そういう話に付き合うのだが、今回は200kgくらいあるというシラス混じりというから30万匹以上だ。こりゃ不味いことになった・・・と引き取りに行ったら80kgしかなかった。 なんだか知らないけど、ちょうど必要量だ。義理も果たしたし良い買い物だったかもしれない。 ●3/9 で今日もアユが入った。ここ連続して入って来るのは清水の三保周辺で獲れたアユなのだが、非常にデカい。デカい稚アユは体力もあるし、直ぐに淡水にしても大丈夫なので飼うのは楽なのだが、kg当たりの匹数が少ないので単価が高くなってしまう。釣り池への放流魚と同じ理屈だ。稚アユも小さいロットに当たると1匹が0,1~0,2gなんてこともある。今回のは平均でも2gくらいあった。大きいサイズはkg単価も安くなっているが、それでも小さいモノの半分くらいだ。10倍の大きさでkg単価が半分ということは、1匹当たりの単価は5倍!にもなってしまう。 それで儲かるのか?? という難しいことを考えても、配給制度を取っているので「大き過ぎるから要らない・・・」と現場で断るのは相当な勇気がいる。今年の様に全国的な不漁のウワサがあると「とりあえず何でも引き取っておくか・・・」ということになる。人工孵化のアユも余分に入れたし、海産アユも3台連続で入ったので、韮山のアユの養殖池はいっぱいになってしまったが、不漁の話を聞くと「もっと欲張っちゃおうかな・・・」って気になってしまう。 ●3/6 そんな理由で、今朝は暗いうちに出発。さてさて、どんなに大漁何だと配給場所に向かった。万が一?私のトラックに積み切れなかったら、残りを運ぼうということで静岡県内水面漁連の大型トラックも一緒だ。ところが、いざ積み始めてみると、どうも様子がおかしい、みんなで首を傾げている。積み終わってみれば、私のトラックに半分積んだ時点で終わり。ぜんぜん話と違うじゃん・・・ということで、次に獲れた分も私が頂くことになった。 海産アユの採捕も後半に入った。価格は安くなるが出荷時期も遅れてしまうので微妙なところだ。しかも、年によっては3月中旬過ぎに獲れるアユは魚病に罹ってしまっている場合が多い。病気自体は単純なヤツなので、投薬で簡単に治るのだが、せかっく順調に育っている養魚場に、そんな危ないサカナを入れることが問題だ。ただ、皆がそう思っているので「裏をかく」という意味では面白い。 ●3/5 今年は海産稚アユが全国的に不漁の様だ。稚アユが獲れるのは、主に東国原さんちの宮崎県、和歌山県、静岡県、神奈川県だ。他にも茨城、高知、鹿児島、愛知辺りでも獲れることがあるが量は少ない。海産稚アユの採捕販売には海と河川の各漁協の漁業法や権利、資源保護や私欲??が絡んで、非常にややこしい状態にある。過去には警察沙汰や裁判になった事例もあった。 駿河湾も沼津周辺が不漁で困ったものだが、明日はひと口貰うことが出来そうだ。事前の連絡では、けっこう大量にあるらしく「トラックに積めるだけ」確保出来るかも知れない。海で獲れたばかりの稚アユは非常に弱く、欲張ってたくさん積んでくると死んでしまうこともある。今年の場合、他所が不良なので多いほど良いのだが、欲張り過ぎて死なせてしまったら昔話のような笑い者になってしまう。 明日の配給場所は遠いので輸送にも時間が掛かる。笑われないギリギリの量を買いつけて来るつもりだ。 ●3/3 知り合いの70歳になる方が新しいTVを買うというので、購入設置のお手伝いに行って来た。TVを置く部屋が狭いので、今流行りの大画面は必要ないから、私一人で設置出来ると思った。巨大電気店に行くと薄型TV人気のせいでTVコーナーはやたら広く、大型TVが所狭しと並んでいる。最近では65型なんてのもあるんだ・・・などと店員に期待を持たせつつ26型を買う。 お役御免になった古いTVは1985年製の21型。ブラウン管のコーナーが微妙に丸く、もちろん前面も球面だ。驚いたことにアンテナ線が並行ケーブル・・・おお、こんなの久しぶりに見たぞ。TV台はそのまま使えそうだったので、黒のパーティクルボード製の安っぽいTV台の上にAQUOS、下の段にはHDDレコーダーということになった。なんだか昔の小学校の机(知らないか・・・)の上にPCが乗ってしまった雰囲気だ。 番組を見ながらチャンネル合わせをするわけだが、この25年間でTVはこんなに立派?になったのに、番組内容は相変わらず低俗だな・・・と思ってしまったのは昼過ぎの番組だったからか。 ●3/2 長女が帰ってきているので、久しぶりで近所の食道に行って来た。カレーやラーメンがメインの田舎の食堂で、一番高いメニューがエビフライ定食の1300円だ。独身の頃はほぼ毎日ここで昼飯を食べていたし、妻が留守だと子供を連れて良く来たものだ。30年以上の付き合いということになる。取り立てて特徴がある訳ではないが、親子5人で切り盛りしていて、気分よく食事が出来る。 若い頃は「かつ丼とラーメン」「カツカレーの大盛り」位は簡単に食べられたのだが、さすがに最近はきつい。それでも、たまに外食となると、ひとつでは気が済まないというか「目が食べたい」方なので2つ注文して後悔する。こどもが小さい頃は、子供の分を少しづつ分けてもらって、かつ丼と半ラーメンって感じで都合が良かったのだが、最近では一人前食ってしまうので上手くいかない。一人前どころかドンブリを二つ食って、まだ私のラーメンを狙うまでに成長した息子も逞しい。 ●2/28 どうにも判らないのが、船同士が向かい合ったらお互いが左に舵を切るってやつだ。あんなに大きさに差がある場合でも、それが適用されるとは知らなかった。何万トンもある船が小さな漁船や遊漁船と出会う度に舵を切っていたら、あの巨体でジグザグ航行することにはならないのか。クルマの運転では道交法で細かい規則や優先順位が決められているが、実際には臨機応変で対処する場合も多い。例えば坂道では上りが優先となっていても、でっかいトラックが下って来たら小さい方が避けたり停車した方が安全だし、実際に優先順位を通そうなんて輩はいない。 今回の事故は大小で1000倍もの大きさの差がある。イージス艦よりも大きな船だって、いっぱい航行してるわけだし、日本の海はそんな風になってるんだろうか?? 恐らく実際には小さい船が「臨機応変」に進路を譲っているのだろうと思うが、今回の事故をきっかけに、その辺りの法整備しないと同じことが繰り返されるんじゃないだろうか。私などは国を守る自衛艦なんだから、パトカーと一緒で優先されてもいいと思うのだが、そうすると軍国主義なんて言われちゃうんだろな。 もちろん今回の非は自動操舵にしていたり、発見からの対応が不適切だった自衛艦にあるのだが。 ●2/18 ブルーレイディスク(BL)とHDD-DVDの戦いはBLの完全勝利に終わった。誰もが思い出すのがベータ対VHSの争いだ。当然、私はベータだった。なんてったってソニーだし。あれはベータ陣営が何時までもがんばっちゃったから、結果的にバカをみたのはソニー信仰の消費者だった。自分で録画して楽しむ分には何の不自由も無かったのだが、レンタルビデオ屋が普及するにつれて、ベータは締め出された。ソニーまでVHS出すし・・・。あの状況が又繰り返されるとは思えなかったが、東芝陣営が折れてくれたのは消費者にとっては有り難いのか。既に買っちゃった人の救済はどうするのか・・・得意の自己責任で良しとするのか。 調子に乗ったVHS陣営はビデオカメラにもVHS-Cなるちっちゃいテープを出し、アダプターを使えば既存のビデオデッキで再生出来るという画期的なものだった。私も子育ての真っ最中でビデオカメラを使わざるを得なかったので詳しく覚えている。ところが我が家は懲りずにソニーの8mmビデオなるものを買った。あの時点ではベータの二の舞と囁かれたが、単純に新しい企画のものの方が優れているだろうということが判断基準だった。購入後、他の家族が持っていたVHS-Cなら、おばあちゃんの家でも簡単に見られるという画期的な利点を羨ましく思ったが、この競争では8mmが勝利した。企画と技術の先進性を消費者が理解したということか。 単純に「8mmビデオ」っていう語呂が良かったりして。レーザー色がイエローとかグレーじゃなくて良かったんだろうな。 ●2/19 中国とギョーザが騒がれている。そのタグ?のせいで、すっかり忘れ去っていた出来事を思い出した。もう10数年も前のことになる雨の日の出来事だ。夕方暗くなり始めたころ、自宅の駐車場の前に軽ライトバンが停まった。若い男が降りて来て何やら言うのだが、訛っているのかよく理解出来ない。どうも我が家の前の幹線道路を走行中にガス欠になって、なんとか路地に曲がって私の家の前でストップしてしまったようだ。 「ガソリンない、走れない、困る・・・」などと単語を並べる。聞けば中国人の留学生、アルバイトで総菜の食品を運んでいたということだ。非常用のエンジンポンプ用のガソリンがあったので、2-3リットルあげた。「ありがと、ありがと」と帰っていった。 数日して、その青年がギョーザをたくさん持ってきた。面白いのは1週間くらいしたら、又持ってきたことだ。きっと一度に貰っても困るんじゃないかと気を使ってくれたのか。また来るかな~と思ってたら、それが最後だった。私の自宅前はちょっと広くなっているので、過去にも何回か故障車の世話をしたことがあるが、こんなに丁寧(金額ではなく)のお礼は初めてだった。 ●2/18 仕事で使う「あるモノ」を注文するのにファックスを使う。簡単な図面を送った方が話が早い。そことは大昔からの付き合いで、ファックスが無い時代には図面を手紙で送っていた。その会社・・・といっても多分家族経営だと思うのだが、養魚場にさえファックスが普及しても、そこが導入してくれなかったから、しばらくは不便が続いた。その後ファックスが入ったものの、どういう仕組みなのか、一度そこへ電話して「今からファックス送るからね~」と連絡してから送ったものだ・・・しかも、なかなか受信されない。 他にライバルが少ないのか、その後もずっとそんな感じだった。久しぶりに数日前、注文のファックスを送ろうとしたら、どうにも繋がらない。暫くしたら電話が鳴って「ファックスは専用回線になったので、○○番に送ってくれ・・・」という。そこに送ろうとしたが、また繋がらない。再び電話が鳴って「今度は大丈夫だから送ってくれ」。暫くしてまた電話。「あんた、原稿が裏返しじゃない?」。今度はこっちが間違えてしまった。 こんな業界だから、私も生きていける。 ●2/16 私は朝の散歩が好きだった。特に秋から冬に掛けては、早朝の仕事も少ないので40-50分くらいは歩いた。それがバーニーズが来てからというもの、ヤツのトイレ行動のために朝の貴重な時間を取られてしまっている。近くの広場でウンチをするのだが、それをウンチ取り器で拾うと意外な重さだ。それを持ったままの散歩はイヤなので、一度家に帰って始末する。冬は夜明けが遅いので、もたもたしている間に朝食になってしまうのだ。デジカメなんて便利なモノが出来てからは、朝の散歩でちょっと写真を撮ってHPにアップするのも面白かったが、そんな密かな楽しみも「健康のための散歩」と共にバーニーズに取られてしまった。 最近、HP内の写真館が今流行りのブログになったのだが、写真ネタに困っている。元々、何でもない様な景色をもっともらしく撮るなんてことは苦手なので・・・っていうか撮る意欲さえ湧かない。だから何気ない写真をアップするためのブログは無理なのだ!・・・なんてことに今さら気がついた。で、デジカメ持って朝の散歩を復活させるか・・・という気になったわけだ。イヌに奪われた散歩時間を無機質なデジカメで取り戻す。デジタル文化は嫌いだ!とか言いながら、けっこう上手く付き合っているのかもしれない。 ●2/15 今年は寒いのかな? 最近では毎年春夏秋冬、異常気象と言われるので何が普通なのか分からなくなってしまっている。2~3日前には爆弾低気圧が騒がれていて、実際北海道や日本海側では大荒れになったし、太平洋側でも強風が吹きまくった・・・という。ところがKFSでは、ここ数日穏やかな日が続いている。 例年、今頃は強い西風が吹くことになっているのだが、今年はそれがない。海産アユの引き取りのときに大風が良く吹くので覚えている。そういえば、海産稚アユが入らない。今年はそれを予想して、人口孵化アユを例年の2倍量購入しておいたので、そんなに焦ってはいないのだが「獲れたから買え!」と言われたら買わなきゃなんないのだから、早く入ってくれた方が落ち着く。 海から稚アユが入ってきて、ハウス内に潮の香りがすると「春が来た・・・」と思うが、養殖アユ業界には春が永遠に来ないんじゃないか・・・と思わせる状況が続いている。 ●2/13 さて、今年もいよいよ待ちに待ったバレンタインデー。2匹目のドジョウを狙った「怪しい記念日」が幾つも登場したが、どれも話題にもならずに消滅した。これはチョコレート業界の賢いリードにある・・・と思われる。何時から定着したのか「義理チョコ」とは上手い作戦だ。これで売上が倍増したことは確実だろう。 ここ2-3年は女子同士でもチョコレートをプレゼントし合うんだよ・・・と娘が言ってた。更に今年は「自分チョコ」だ。これは女の子が自分に買うのではなく、男が自分に買うのだそうだ。こ、これは、いくらなんでもヤバいだろ。当日はミエはって、胃薬や歯磨きを買うのが男の美学だ。チョコレート業界をこのまま放し飼いにしておくと、バレンタインデーのために、国民が全員チョコレートを買わなくてはならなくなるぞ。 どさくさで便乗する手はないものか?? チョコレートの食べ過ぎにはニジマスが効きます・・・か? あたまわるすぎ。 ●2/7 寒い日が続くが、今日は北1,2号池後側の養殖池のレインボーの大小選別をした。200g(25cm)位までだと、フィッシュポンプと自動選別機を使って簡単に出来るが、今回は40-50cm俗に言う「キロモノ」ってやつだ。こればかりは池に入って、ざばざばとサカナと格闘しなければならない。 このサカナは某所に放流するために育てていた。毎年、ほぼ同じ時期に同じサイズのサカナを買ってくれるので、計画的に育てているのだが、なぜか今回は生育が良く必要以上に大きくなってしまった。で、大きくなり過ぎたサカナを抜いたわけだ。この寒いのに、池に入って水を被りながら作業をしているのを見ると「ものすげー寒そう、こんな仕事だけはしたくないね・・・」と思うはずだ。ところが実際には水温が15℃あるし、ネオプレーンのウェーダーを履いているので、見た目ほどは寒くない・・・ていうか汗をかいたりする。 本当かよ?って疑う方がいたら、機会を作りますから体験して下さい。 ●2/6 昨年の12月29日に続き、アユ種苗センターに人工孵化稚アユを仕入れに行って来た。今回も10万匹だが、その半分はKFSの養魚場に直接入れた。数年前までは、アユは水温が高いほど有利だったのが、ここ数年はその常識が覆されつつあることは、度々養殖日記にも書いている。そうはいっても0,3g糸のような、しかも高価な稚アユを冷たい池に直接入れる勇気はなかった。そんな小さな時に体調を崩してエサ離れをしてしまったら回復は望めない。 しかし、今のアユ養殖の現実?を打破するためには、試験場や他所の養魚場の結果報告を待ってる余裕は無い。で、自分のところで実験してみようというわけだ。もちろん勝算はあるのだが、もくろみ通りにそれが上手くいってしまうと、水温が高い韮山のアユ池はどうするのか・・・という新たな問題が出る。飼うサカナが無くなってしまうのではないか。 ●2/1 ギョウザだ。詳しくはないがギョウザの原材料といえば、ニラ、ニンニク、ひき肉、タマネギ・・・種類によっては他の野菜も数種類入っていると思う。詳細はまだ分かっていないようだが、普通に考えると農薬は野菜に使用されているだろう。原料の一部の野菜に農薬が使用されていて、それが原因で食事直後に重体に陥るようなことがあり得るのだろうか? いくら中国でも(失礼)工場で加工する前に材料は洗浄するだろうから、検査レベルで残留があることは不思議ではないとしても、食べて直ぐ症状が出る濃度ということは「後から誰か入れたんじゃないの・・・」と疑ってしまう。それに、ここ数年「中国産が危ない」と言われ続けているだけに、このタイミングでこれは絶対におかしい・・・と考えてしまうのは私だけか。 それにしても、この餃子。スーパーの店頭で40個398円! 1個10円! 中国の工場を出る時には半分以下の値段だろう。安全はそんなに安くないことに気がつくべきだ。 ●1/30 最近よく太るっていうか体重が増えた。正月に食い過ぎたんだろ・・・って言われるが、その前からだ。寒くなってバーニーズも調子がいいので、一緒に日守山参りを復活している。最盛期?のように週に5回・・・とうわけにはいかないが2回くらいは・・・と努力している。ところが、ここのところ登るのが辛いというか遅い。脈拍も上がってしまう。おかしいなぁ、どこか悪いのかな。単なる老化??と心配していた。 今日は雨上がりで登山道がぐちゃぐちゃなことが予想された。バーニーズが滑って登れない??し、泥だらけになっても困る。それで久しぶりに一人で登ってみたら、これが調子いいこと。頂上まで一気に登れた。バーニーズも張り切って登るのだが、なにせ寄り道が多い。5mの伸び縮みするリーダーを付けているので、そんなに私の負担にならないかと思っていたのだが、そうでもないらしい。何事でもそうなのだろうが、マイペースを乱されることがいかにストレスになるかということだ。 まぁバーニーズにしてみれば、ちょっと臭い嗅ぎたいだけなのに、がんがん引っ張られるのだから凄いストレスだろう・・・うーん別居しかないか? ●1/29 先日TVでエジプトのピラミッドを放映していた。珍しくもないのだが、何となく観てしまった。ピラミッドは写真などで目に触れるので、その存在が当たり前になってしまっているが「あれ」はやっぱり凄いと思う。どうやって「あれ」を建設したか等は飽きるほど歴史学者によって解明?されているが、実際にピラミッドの前に立つと、それらが正しく「机上の論理」と思えてしまう。 「あれ」は宇宙人が建設したのだ・・・と考えれば全てがすっきりと収まる。ひとつ2トン以上の石を切り出して現場まで運び、それを250万個以上も積み上げたという事実だけで人間がやったとは思えないのが普通だろう。それだけのスプーンにリングとフックを付けるだけでも気が遠くなる話だ。何より「あれ」を古代エジプト人が造ったとしたのなら、そんな高度な文明と社会組織を持っていた彼らの末裔はどこに行ってしまったのだ。 私がピラミッドを見たのは割と?最近のことだ。バスの窓からヤシ並木の向こうに見えた「とんがり山」がピラミッドだと知った時に「宇宙人説」が真実であることを確信した。他の古代建造物とは2ケタも規模が違う。あれだけの労力や資材を使って、あんなシンプルな形のモノを造ること自体、地球人のセンスではない。 ●1/26 もう一回、歯医者さんの話でゴマかす。様子報告と歯の掃除?のため歯科医院に行って来た。歯石を取るのって痛いというより、あの音がイヤだ。たいてい助手がやるわけで「大丈夫? 間違って歯を削らないでね・・・」などと本気で心配してしまう。それでも最近では歯石を取る道具が歯を傷つけないようになっていることを知ったので以前よりは怖くない。過去に通った歯科医院では、そんな説明が無かったので、いつも歯や歯茎を削られるんでは・・・という恐怖のままに「イスに座った子羊」をやっていた。 仕組みは「超音波モノ」や「圧搾空気で先端部を振動」させる器具らしい。とっくにあったモノだろうが、そんな風に細かいところが改良され、患者の痛みや恐怖を取り除くために歯の治療の機械は進歩しているようだ。問題なのは、それを多数派である「歯医者は痛いから嫌いだ!」という私のような人達が知らないことだ。 半年に1度は歯の検査、80歳で20本は自分の歯を残そう・・・と啓蒙するよりも「歯の治療は機械がこんなに進歩しているから、昔みたく痛くないよ・・・」ってアイドルタレントが言ってくた方が歯科医院に足を運ぶ人が多くなると思う。 ●1/23 今日は朝から冷たい雨が降り続けた。こんな日はお客さんも来ないし、養殖の仕事も寒いので無理はしない。といって遊んでいる訳にもいかない。タイミング良く韮山池のアユが選別の時期を迎えた。韮山池はビニールハウスで覆われているし水温も21℃以上なので、こんな日でも中はぽかぽかだ。 12月29日に静岡県アユ種苗センターから購入した人工孵化アユは10万匹、50kg。平均魚体重は0,5gで体はまだ透き通っている状態だった。25日間ほどエサを与え続けたことになる。人工孵化アユはエサを多く与えすぎると失敗することが多い。体重の4%くらいが安全と言われている。小さい内は食べたエサの重量プラスアルファで体重が増える。正確に4%を与えていれば、計算では25日で140kg位になっているはずだ。 で、午前中に大小選別した結果、約130kg程いた。小さい時はたいてい予想を上回るものだが、今回は8%位少なかった。正月休みは毎日朝から晩までKFSにいたので、思うようにエサを与えられなかった結果かもしれない。 ●1/22 もう一回、歯医者さんの話でゴマかす。問題の奥歯の痛みは簡単に治ってしまったわけだが、痛みが現れた原因は不明のままだ。昨年の10月頃、KFSの冷凍庫で大量のスルメを発見した。KFSのスタッフは歯が良くないので、もらったまま何年間も放置されていたようだ。その数、推定30枚。それを私が全部つまみとして食べてしまったのが原因かも。 今日は様子報告と歯の掃除?のため歯科医院に行って来た。歯石を取るのって痛いというか、あの音がイヤだ。たいてい助手がやるわけで「大丈夫? 間違って歯を削らないでね・・・」などと本気で心配してしまう。それでも最近では歯石を取る道具が歯を傷つけないようになっていることを知ったので、以前よりは怖くない。過去に通った歯科医院では、そんな説明が無かったので、いつも歯や歯茎を削られるんでは・・・という恐怖のままに「イスに座った子羊」をやっていた。 あの「治療音?」が聞こえないように耳栓でも・・・とだれもが考えるが、ガーガー音は骨を伝わって聞こえるので耳を塞いでも効果は薄い・・・と説明してくれた。聞けば納得、もっと訊きたいことがいっぱいある歯の治療なんだけど「口を開けたままの子羊」は喋れない。 ●1/21 その奥歯だが、何年か前に日記に書いた「ペルーで割れた奥歯」だったのだ。25歳の時、南米を1人旅したのだが、リオデジャネイロから北上、ペルーの片田舎で食ったサンドイッチに異物が入っていて、奥歯がバキッ! かなり大きく欠けたのだが、欠けた部分が歯茎に入ったまま取れなくて、口を閉めるだけでも痛かった。「どーすんだ?? 日本に帰るか?」。もちろんペルーにも歯科医院はあるのだが、日本のそれとは全く違う時代遅れのものであることは外観でも判った。 とりあえず8時間バスに乗って首都のリマに戻った。痛みは引かない。たまたま旅の途中でリマ在住の日本人と知り合いになったので相談したら、日系の信頼できる歯医者がいるということで、さっそく診てもらう。機器は超旧式だったが日本人の顔をしているだけで頼りがいがある。私の歯は日本で何本も治療済みだったので、それを他の歯科医に見せようということなのか、何人もの白衣の男女が口を覗きながら、しばし説明を受けていた。麻酔が効いて治療は痛くなかった。どうやったのか?型を取って2時間ほどで完成した。金属が何なのか舌触りは良くなかったが、すっきりと治ってしまった。 やっぱりというか、帰国後1年くらいで違和感が出てしまい再治療となった。で、今日までもっているという訳だ。あの時の歯医者さんには非常に感謝している。 ●1/19 遥か昔に治療してあった奥歯に違和感を感じたので歯医者に行って来た。歯医者に行くには勇気がいる・・・というのは私以上の世代かもしれない。小中学生の頃は夏休みといえば歯医者通いだ…ついでに耳鼻科も。なんで昔の歯の治療はあんなに痛かったんだろ。しかも待ち時間が長く、子供の泣き声とガーガーが聞こえてくるし。最近の治療は痛くはないが、やっぱりトラウマになっていて「嫌いな場所のベスト3」に入っている。 被せた歯が痛い・・・というのは素人考えでも「いや~な予感」がする。撮ったレントゲン写真を見せながら先生が説明する。原因として考えられるのは歯周病、歯根に雑菌が感染、歯根にヒビ・・・ヒビの場合は抜くしか無い。あのイスに座らせられて、レントゲン写真を目の前にした「子羊」は、早く結果を知りたいけど怖い。 幸いなことに歯茎と被せモノの隙間を「何か」で充填して治療は終わった・・・儲けもの?だった。いや~痛い治療じゃなくて良かったと言ったら、「歯科医院の場合、患者さんは被害者意識があって、削られたとか抜かれた・・・とか言うんだよね」確かに本来なら「削ってもらった・・・」が正解なのである。実はこの日、私もちょっとだけ削られた。 ●1/17 先日マリに行ったメンバーに「大阪のおばちゃん」がいた。私がイメージする「大阪のおばちゃん」そのままで、ちょっと言えないなぁ・・・なんてこともばんばん言うし、何を買っても関西弁で値切り倒す。。大阪で材木屋さんを経営しているそうで、旦那さんは旅行には全く興味がなく、毎年ひとりでツアーに参加してるとのことだった。 13年前、神戸大震災のとき、その旦那さんが「大変なことになった、これはベニア板がたくさんいるぞ!」と同業者を通じて、そこら中から集め、それを運賃も取らずに災害地に運んだそうだ。大阪人だから?普段は本当に細かい商売をしているのに「とうちゃん、カッコいい」と思ったそうだ。自分だったらどんなことが出来るかな??とも考えたが、ニジマスを配ったら迷惑そうだ。 この「大阪のおばちゃん」、もともと細いのに今回の旅行で3kg痩せ、帰国して3日間寝込んだそうだ。そういえば旅の後半は妙に静かだった。2-3日前に電話したら、まだ咳が止まらないと言ってた。アフリカは凄いと思った。 ●1/16 今日はバーニーズが自宅で留守番だったので、早めにKFSを出て日守山に登った。冬は日が短いので仕事が終わってから・・・と思っていると、なかなか上ることが出来ない。ずっと登っていなかったし、最近体重がますます増えて来たので「厳しいかな・・・」と思ったが意外と軽々と登ることができた。一時期、ヒザの調子が悪くて下りは杖が必要だったが、今日はより重い体重を支えているはずなのに快調だった。 夏の方が雨が良く降るので登山道がぐちゃぐちゃになり易い・・・と思われがちだが、実際には今頃の方が滑りやすい。朝の冷え込みで立った霜柱が解ける上に、落ち葉が積もったりするからだ。葉っぱが落ちてしまうので、青空が見えて夏よりも明るく感じるのも意外だろう。 日守山に登り始めて15年位になる。おそらく何千年も前から同じような姿で、私が生きている短い期間に、その変化を捉えることは無いだろう。ところが山頂の展望台から見えていた韮山の自宅は、山の木が生長して見えなくなってしまった。山にとっては髪の毛が伸びるみたいなものか。KFSも見えるのだが、それもKFSの南側、国道1号線との間の林があと5mも成長すると見えなくなってしまう。100年は掛かりそう。 ●1/14 自宅の裏のスーパーが潰れてしまって不便になったことは以前に書いた。売り場面積が200坪しかない店舗ではあったが、20年近く前に静岡県の大手スーパーが、こんな田舎の田んぼの中にスーパーを出店した時には驚いた。ところが親会社が倒産してしまい、地元のスーパーが後を引き継いだ。それもダメになってしまい新規のスーパーが経営荷乗り出してくれたが、先日倒産してしまったというわけだ。熾烈なスーパー戦争が我が家の裏で起きている・・・のだ。 昨年の暮れに、区の公民館で説明会があったので出席した。スーパー側のお偉いさんや設計事務所の方々から丁寧な説明があった。まっさらな新規オープンということではないので、反対意見もなく簡単に終わった。20年前に最初のスーパーがオープンした頃は、周辺は田んぼばっかりで、お客さんが来るの?って心配したが、その後のバブルやアパートブーム?で、今回は駐車場の確保が困難という。 運が良いことに?狩野川を挟んで海側からの道路が大工事で国道と立体交差になり、このスーパーのすぐ近くに降りてくる。川向こうもスーパーマーケット空白地帯なので、きっと繁盛するはずだ。 ●1/11 またデジカメを買った・・・と言ったら笑われる。昨日、ちょっとお得意さんのところへ行った帰りに、何も買う気は無かったのだが「山の田んぼの電気屋」に寄ったら、ニコンのS10というコンパクトデジカメが16700円で売っていた。何かの間違い?? 店員に聞いたら「今だったらナイショでメモリーも付けますよ・・・お客さん」。そんなに始末したいのか・・・? S10は回転10倍ズームレンズ付き。デジカメはレンズと操作部分を離せることがメリットのひとつなのに、最近では、すっかりそのメリットを活かした製品が無くなってしまった。最後の生き残りがニコンS10だ。1年以上前の発売直後から興味はあったのだが、4万円近い価格と「壊れてる??」と思わせる程遅いオートフォーカスのために買おうとは思わなかった・・・でも16700円じゃ、いいんじゃないってことだ。 レンズは38-380mm(フィルム換算)。最近のデジカメは薄く小さくまとめるためにレンズを犠牲にしている。回転式レンズだと設計に余裕があるので、何となく良さそうな気はする。なんてったって、レンズ部分と液晶を含めた操作部分が、ルービックキューブのようにカチャカチャ回るのは、メカ好きな男心をくすぐるではないか。デジタル時代になってカメラは、メカニカルな精密機械から「退屈な電気製品」になってしまった。もっと何というか、いろんなところがカチャカチャ回ったら面白いと思うんだけどなぁ~。 ボタンや電子音は飽きたぞ。 ●1/10 12月29日に購入した稚アユは順調に育っている。ちょうど年末年始の連休に入った日だったので、その後1月6日まで、ほとんど世話が出来なかった。ここでいう世話とは稚アユの泳ぎや、給餌の際の勢いなどだ。それらを観察することによって稚アユの健康管理をするわけだが、朝は暗いうちにKFSへ、帰りは暗くなってから帰宅するので、まったく放し飼い状態であった。エサは自動給餌機で与えるから飢えてしまうことは無いのだが。 こんな呑気なことは人工孵化アユだから可能なのであって、海産稚アユや琵琶湖産稚アユだったら全滅してしまう可能性がある。今回池入れした稚アユは昨年の9月頃に孵化して、最初こそ「ワムシやミジンコ」を食べていたが、後半は配合飼料を与えられていたはずなので、私の養魚場の池に引っ越して来ても直ぐにエサを食べる。しかも汚染された自然界に接触していないので、とりあえずは病気の心配もない。 ●1/9 私の自宅がある韮山の養魚場には12月29日に稚アユが入って、1月7日にはレインボーの孵化稚魚をKFSから運んで来た。これは12月20日に15万粒の発眼卵を購入し、KFSで孵化させ10日間ほど孵化装置の中にいたものだ。KFSのレインボーは稚魚期に1ヶ月間、21℃の水で飼育するという独自の養殖方法が取られている。その原理は分からないが、そうすることによって、レインボーの天敵ともいえるある種のウィルスに対して抗体が出来ることが知られている。 そういうわけで、現在、自宅の養魚池には10万匹のアユと15万匹のレインボーの稚魚が泳いでいる。一般的にはすごい数に感じるが、「作ればいくらでも売れた時代」にはアユが50万匹、レインボーが100万匹入っていることも珍しくはなかった。絶対数が多いと仕事も大変になるし神経も使う。でも、これを上手く育てれば儲かるぞ・・・という手応えはあった。しかも、匹数が何分の1かに減っても、給餌や掃除の回数は同じなのだから束縛されることには変わりは無い。 ロット数も少なくなっているので、1ロット失敗してしまうと数ヶ月後の生産体制にモロに穴が空いてしまう。仕事量は減っても緊張感は同じだ。 ●1/7 なぜ急にインドで迎えた正月の思い出を書いたのか。実はあの後スリランカに渡り、再びインドに戻り3月にはネパールに入国した。そこで世話好き?な日本人?H氏と飲んだ。他にも3人の日本の若者がいた。話は盛り上がり「日本に帰ったら会おうぜ・・・」ということになった。私が最後に日本に帰ったのでH氏に連絡をとり、そのままH氏の家に泊まって、その時の仲間と再会した。すでに5月も半ばだった。そこで再び「10年後に集まろうぜ!」という約束をした。で、88年と98年に再会を果たした。 今年は、あれから30年目に当たるのだ。幹事役のH氏が生きて・・いや覚えていれば、お誘いがあるはずだ。10年後に会おうと約束した時には、10年間というのは永遠と等しい時間感覚だったのだが、それがもう4回目になるのだ。20代だった「荒野を目指した青年たち」も「孫がいてもおかしくない」年代になってしまった。98年に集まった時には「まだバックパッカー出来るぜ!」と言ったのは私だけだった。さすがに今回は体力的に「あれはもう卒業した」と言わざるを得ない。 ●1/3 若い頃から海外旅行は何回も行ったが、外国で新年を迎えたことは、インドと香港の2回しかない。だから他所の国の正月は良くは知らないが、やっぱり日本の正月は独自の雰囲気があると思う。インドで迎えた正月のことは、ちょっと書きたい。 1978年の新年をデカン高原のオウランガバードで迎えた。近くにはアジャンタやエローラの世界遺産になっている寺院や仏教遺跡がある小さな町だ。1977年8月にロンドンを出発して、4ヶ月後にパキスタンからインドの北部に入った。12月10日頃だ。いくつかの町を見ながら南下していたのだが、当時のインド一人旅は、とにかく疲れるものだった。人間不信になるし体調も悪くなる。そろそろ77年も終わるにあたって、のんびりできそうな場所を捜していた。当時はネットもないし、ガイドブックもろくなものがなかった。情報はバックパッカー同士のクチコミだ。 興味ある情報があった。オウランガバードには新しくユースホステル(以後YH)が出来ていて、とっても清潔安全だというのだ。ヨーロッパではたくさんのYHに泊まったが「インドでユース??」。もちろん、そこに決定だ。12月30日にYHに到着。YHは噂通り近代的な建物で、貧困を絵に描いたようなインドの田舎町に降りた宇宙船のように見えた。係員も国際的な感覚を身につけていたし、宿泊客以外は内部に入れないように警備されていて安心だ。 正月を迎えるには、ここしかないな・・・と4泊した。もちろん元旦の朝は屋上から初日の出に手を合わせた。それ以外はゆっくりと起きて、歩いて周辺の村を回った。他の10数人の宿泊客は欧米人ばかりで、正月は関係ないらしく次々と入れ替わった。私だけが正月気分だ。今になっても一番正月を意識して過ごした年だったと思う。 |
|||