私の養殖日記2007/04-06
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●6/24 波の音が心地良くて、直ぐに眠ってしまった。朝、明るくなって目覚めると、何か周りが騒がしい・・・が私とは無関係にことが進行しているようだ。てっきり無人だと思っていたら、10人くらいのヒトが忙しそうにしている。起き上がって寝袋を片づけ始めると、何だか周りが生活臭い。後から解かったのだが、ここは遺跡の修復作業員の飯場らしく、私はその物置代わりの屋根の下に寝ていたのだ。

さて、遺跡見学の時間までどうするか・・・と思いながらリュックに荷物を片づけていると「朝メシ食うか?」と作業員が声を掛けてくれた。もちろん遠慮なくがんがん食べる。律儀な?私はその後、何か仕事を手伝ったはずなのだが詳しい記憶は無い。ちょこっと遺跡を見学して再び国道まで歩き、ヒッチハイクで「イスラ ムヘーレス」へ向かった。イスラ ムヘーレス・・・直訳すると「女の島」だ。これまた「パイレーツ オブ カリビアン」にぴったりだ。



●6/23 書くことが無いときには旅の話でゴマかす。季節柄、ホタルも登場するぞ。

25歳の時にリオネジャネロまでヒコーキで飛び、陸路で北アメリカまで上がって来た。英国領ベリーズをバスで出て、メキシコに入った。国境に近いトゥルムの遺跡に行こうかと長距離バスの運ちゃんに、そこで降ろしてくれるように頼んだ。夜の10時過ぎに「ここから2kmくらい歩けばトゥルムだ」と降ろされたのは、明かりも無い田舎の国道沿い。確かにそこから細い道が西に向かって延びている。といってもバスが走り去ったら真っ暗だ。

トゥルムはカリブ海に面した美しいマヤ遺跡だ。とりあえず星明かりの下を波の音に向かって歩く。忘れられないのはホタルだ。私の体やリュックザックにわらわらと集まって来る。デジタルカメラを持ってたら、凄い写真が撮れたのに。やがて闇夜の中にもトゥルムがシルエットに浮かび上がるのが見えた。宿も民家もないが、暖かいし波の音が心地良いので危機感はない。遺跡の一部にトタン屋根を見つけ、その下に寝袋を広げて寝た。



●6/22 ホタルを撮ろうとデジカメを持って行った。実はその2日前にEOSkissを買ったのだ。知人に貸してもらったら、背面の大きな液晶ディスプレーに絞り値やシャッタースピードが読み易い数字で表されて、とっても使い易そうだった。説明書も読まずに「ぶっつけ本番」だ。使い慣れたカメラを持って行かなかったのは、一緒に行ったオヤジに、ちゃっちくても一眼レフは凄いんだぞ!ということを教えたかったからだ。

で、ホタルが飛び始めたのでカメラの設定をオートから、高感度でのバルブ撮影に切り替えた。30年前のフィルムカメラと比べたら、比較にもならないハイテクカメラなのに、単純な撮影モードにしようとするとややこしい。しかも大きくて見易いと思っていた背面ディスプレーが異様に明るくて暗闇の中ではヒンシュクものだ。そ、そうか・・・液晶をoffにすれば・・・ありゃ?offにしちまうと設定が出来ないぞ??

ファインダーは暗くて小さいし、安物レンズには距離目盛が無いし、ピントも合わせられないぞ。酔っ払った(運転手付き)頭では対応し切れない。管釣りスペシャルタックルで巨大ナマズを釣りに行ってしまったくらいに応用が利かないハイテクカメラだ。



●6/21 中伊豆までホタルを見に行って来た。冷川の細い道の奥にある小さな養魚場の周辺なのだが、最近ではこれほどのホタルを一度に見られるところは珍しい。更にここは昔よりホタルが増えている。これは、この養魚場のオーナーがカワニナの養殖して放流したり、ホタルが繁殖しやすい環境を維持する努力をしているから・・・らしい。

この養魚場の手前に最近になってキャンプ場が出来たので、ホタルの噂が広がって、ここ数年は週末ともなると大勢の人が来る様になった。当然、ただの野次馬や酔っ払いも来る。騒いだりストロボを焚く、タバコを吸う、小便をする、ゴミを散らかすなどの弊害も既に起きている。ホタルを見学できる場所のほとんどが養魚場の私有地であるために駐車料や管理費?として1人500円を徴収される。それの良否はともかくとして、あれだけのホタルを見られるとしたら安いものだし、「自然を大切に」と言うのは好きだが、そのために汗を流したりはしたくない我々は500円を払って小さな満足感を得よう。

また、ここでは美味いアユを食べさせる。人工河川を数週間泳がせて、より天然アユに近い状態で塩焼きにしてくれる。狩野川水系でも最上流に位置するので、ヘタな?天然アユよりも美味いことは保証する。




●6/19 5月29日の養殖日記に、KFSの養魚場でボケ病から回復した25グラムの人工孵化アユ、1万匹を試験的に水温が高い韮山の養魚場に移動した、と書いた。試験的な意味合いがあったのだが、結果は散々。死んでしまったり、病気になったりすることはまったく無かったのだが、エサを全然食べない。通常なら1日当たり10㎏以上食べるはずが、3㎏しか食べない。これだと生体機能を維持するのがやっとなので、当然大きくならない。

でも、そのうちにたくさん食べるようになるかもしれない・・・と飼い続けたが、全く回復の兆候は見られない。で今日は、そのアユをKFSの養殖池に引き上げて来た。実際に全くといっていいほど育っていなかった。3週間分の電気代、エサ代、手間賃を損したわけだが、これではっきりと結果が出た。

アユ養殖の常識は変わった・・・のだ。



●6/18 16日の土曜日に来られ運が良かった方はメロンを食べられた。本物のマスクメロンだ。私は毎年、マスクメロンを育てている・・・といっても、なかなか上手に出来ないのだが。近所のメロン屋さんに苗を5-7本分けてもらい鉢植えで育てる。初めての年に非常に立派なメロンが収穫出来て、メロン屋さんを驚かせたものだ。「やっぱ天才!」と思ってから10数年、初年度を超えるモノは出来ていない。「初心を忘れちゃダメだよ・・・」と言われた。本人はプロの教え通りにやっているつもりなのだが。

メロンの栽培は種から始まる。で毎年、いくつかのメロンを頂き、実を食べて種を採集して返す訳だ・・・辛い仕事だ! メロンを作るにはメロンを食べなきゃなんないというのは、サカナの養殖とはまったく異なる感覚だ。もっとも、かつては卵を採取した後のニジマス(脂っけが無くて不味い)を食べていた時代もあっただろうから同じことか・・・とも思った。果物はサカナと違って成熟した方が美味いんだな。



●6/14 そうそう、そういう訳?で12日は私の50何回目かの誕生日だった。北海道に行っている次女のミハルから「誕生日おめでとう、父の日も近いから何か送るね」というメールが来た。そうか、そうか北海道で一人暮らしを始めて親の有りがた味が判ったか・・・余裕のある生活じゃないだろうし、贈り物なんていいから・・・憂いやつじゃ。

暫くして、はたと思い出した。私が誕生日ということは、ミハルも誕生日ではないか! そう、私とミハルの誕生日は同じなのだ。けっこう自慢ネタだったのに、すっかり忘れてしまっていた。長女が埼玉に行ってしまった時もそうだったのだが、子供が親元を離れていく寂しさに「忘れてしまう」という精神的な防衛本能が働くのではないのだろか。

単なるボケである可能性も否定できないが。



●6/13 その「なんちゃってフェラーリ」を買ったのは平成2年、バブル崩壊の直前だ。それまで軽トラックに乗っていたのだが、オトリアユの配達の効率化?のために、ちょっと大き目のトラックに替えた。ところがアユをたくさん積めるようにしたら、アユが売れなくなった。今、思うとあの頃から狩野側がおかしくなりはじめた。私のところでは、まだ被害が出ていなかったが、冷水病が騒がれ出したのも同じ頃だ。

その翌年には他の理由で、狩野川のオトリアユ配達から完全に手を引いた。で、「なんちゃってフェラーリ」がそのままKFSの養魚場への通勤クルマになってしまった訳だ。乗用車で通っていた頃もあったが、「なんちゃってゴールデン」のオーザックを連れて通勤するようになってからは乗用車では用が足りくなってしまったし、今ではバーニーズが助手席に乗るので、トラック以外には乗れない状況がまだ暫く続きそうだ。

スカイラインGTピックアップなんかが発売されたら乗り換えるかも。



●6/11 2シーター、前後異径タイア、トランク無し、縦置きミッドシップ・・・私が「なんちゃってフェラーリ」と呼んでいる通勤トラックだが、17回目の車検を迎えた。走行距離は8万kmくらいだが、連続して10km以上走ることはめったにないし、手入れもしないで乗りっぱなしだ。それでも故障は一度もなし、なぜかパンクもしたことがない。

そろそろ新しいの買えば・・・とみんなに言われるのだが、新型モデルも代わり映えしないし、トラックが奇麗になってしまうと、サカナやゴミ等、汚れるモノは乗せたくなくなってしまい仕事に差し支える?? だいたいにおいて、バーニーズが助手席に乗って、よだれを垂らすし。カメラだと、ある程度使い込んで傷が付き、手荒く扱っても気にならなくなってから良い写真が撮れる。新しいうちはケースに入れたりバッグにしまっていて、いざチャンスの時に手間取る。中古としての価値も無くなって、もう壊れてしまってもいいや・・・と気軽に使えるようになると面白い写真が撮れる。

デジカメは商品としての寿命が異常に短い。だから面白い写真が撮れる。



●6/10 不景気が続く中・・・政府は好景気だと言うが・・・サカナもなかなか売れない。アユやレインボーは全国的な生産量が、ここ10年で半減したので私のところでは「以前よりも売るのは楽になった」のだが、それでもサカナの育ちが快調で在庫が増えてくるとドキドキしてしまう。アユの場合は売れ残ると「冷凍する」という手があることは何回か書いた。だから冷凍設備がある養魚場は有利な戦略を取り易かったのだが、ここ数年でその神話は崩れた。

KFSには4坪の冷凍庫が2個ある。北1号池にあるヤツは、もうほとんど活躍の場がなく数年止まったままだ。作業場にあるヤツは10年位前に建てたヤツで、強力な冷凍機が付いていてアユを急速冷凍できる。最盛期には両方の冷凍庫が満杯になってしまい、他所にも預けなければならなかったこともあったが、今や満タンになることは有り得ない。なのに真夏でもマイナス30℃を保つために冷凍機がガンガン回ってる。京都議定書や地球温暖化を上げることも無い程、無駄な冷凍庫となってしまった。といって、養魚場や釣り掘りをやってる以上、冷凍庫がまったく無い・・・というのも不便な話だ。

そこで新たに小さな冷凍庫を買った。縮小には金が掛かる・・・の良い例だ。今までの冷凍機が15馬力、新しいのが2馬力だから相当な省エネにはなるが、でっかい方の冷凍庫が活躍する時代が来てくれないと困る。



●6/6 最近、日守山が好調だ。平日は毎日のように登っている。通常はKFSからの帰り道、16時半頃に登って自宅に帰ってアユにエサをやって夕飯となる。非常に健康的に思えるのだが、汗をかいた後のビールが美味いので飲み過ぎてしまい、健康には直結しない様な気がしている。「適度な運動、過度な食欲」ってやつだ。足腰だけは鍛えておけば、老後?も快適なんじゃないかと思っているのだが、どうも重くなった体重が下り坂で膝に負担を掛けるせいか逆効果じゃないんだろうか・・・? と最近思い出した。

涼しいとバーニーズも連れて行くのだが、マウンテンドッグと名乗るのが恥ずかしい醜態を晒している。前を歩いていても、時々振り返って「まだ登るのか・・?」と恨めしそうな目で私を見る。面白いのは頂上に着くと、三角点を示すポールの下に腹ばいになってしまうことだ。イヌも「頂上だぜ!」という感覚があるというのか。
自宅に帰ると、とりあえず加熱してしまったバーニーズを養殖池で冷やしてやる。

ジュー・・・と音が聞こえそうだ。



●6/3 その列車は36時間掛かって、パキスタンのクェッタという町に着く。朝6時頃に出発なのだが、1時間も前から大きな荷物を持ったイラン人で車内は満員。ネジで留めてある壁の板を剥がし、何やら一生懸命に隠している・・・そこら中でだ。麻薬か・・・? と思ったが、そうではないらしい。どうやら、アメリカやヨーロッパ製のラジオや時計を隠しているようだ。パキスタンに運ぼうって訳だ。

床も棚も人間がごろごろしている、そんな中に旅行者は私ひとりだ。へらへらしてるしかない。最低量のコミニュケーションは取れるが、それ以上はお互いに非常に疲れる。やがて通路に石油コンロを出して料理を始めた。食べ物はナンしか持っていなかったので、ご馳走してもらった。

途中、3-4カ所の駅?みたいなところで、ぞろぞろと降りる。屋台が出ていて簡単な食事が出来た。実は、その中の1カ所に国境事務所があって、パキスタンへの入国手続きをしなくてはならなかったのだが、食事に夢中になっていて知らない間にパキスタンに入ってしまった・・・これって密入国なんだって! 数日後、警察に捕まって良い思い出にになった。



●6/2 今度はイランがお気に召さないらしい。アメリカは機動部隊をペルシア湾に展開し、ミサイルを撃ちたくてウズウズしている。70年代にはアメリカとイランは仲が良かった。私は当時のイランを北から南へ一人旅し、貴重な体験をした。なんてったって、ジーンズにコカコーラ、アメリカ人バックパッカーは大モテという不思議な国だった。アメリカの若者は、テヘランで英会話スクールで数か月アルバイトをするのが流行っていた。そんなイランではあったが、それはホメイニ氏によるイスラム革命前夜のことであったのだ。

各都市を結ぶバスは当時のアジアとしては高級なメルセデス製で、アジアの一人旅を気取る我々には場違いな感があった。しかし地方へ行くと、そこはイスラムの世界であり、町は男ばかりだ。当時はガイドブックも満足なモノが無かった。私は単純に南まで下って、パキスタンに抜ける鉄道に乗ればいいと考えていたのだが、南に下るにつれて旅仲間に会わなくなり、週に1本のその列車に乗り込んだときは一人ぼっちだった。

いろんな鉄道に乗ったが、これほどエキサイティング??だったのは、それ以後無かった。



●5/30 最近、日守山登りを再開した。GW以降7回も登ったから優秀だ。バーニーズを飼うようになってから、ヤツがのろのろ歩くので日守山も面倒になってしまっていた。なんてったって、あちこち臭いは嗅ぐは、デカいウンチはするはで疲れてしまう。今日は小雨が降っていたので誰も居ないだろうと、下りはバーニーズを放してみた。下りで引っ張られると危ないし。

KFSだと、けっこう私をバカにした仕草をするのだが、薄暗い山の中では心細いのか、私にぴったりくっ付いて来るので更に歩き難かった。山頂には落差20mくらいのローラーコースターがあるのだが、リードを放し私が一気にそれで降りてしまったら付いて来ないで、頂上からこちらを見ている。いくら呼んでも来ない。いかにもふて腐れてる風だ。仕方がないので再び登ってリードを付けて降りてきた。

全く手間が掛かる。バーニーズとだとウォーキングもする気にならない。犬を飼うと運動不足になるという不思議な話だ。



●5/29 ボケ病がウィルス性であり、一度罹ったら免疫が出来るとしたら、発病しても被害が少ない環境の中で感染させて(どうやっても感染してしまうのだが・・・)回復してから、より被害が大きくなってしまう高水温の養殖池に移動したら、どういうことになるのだろ? こういうことは本来、水産試験場がやるべきことなのだが、小さな水槽での実験結果は現場では役に立たないことが多い。

で、先日、KFSの養殖池でボケ病から復活してきた25g位のアユを1万匹、韮山の22℃(5月末現在)の養殖池に移動した。現場規模での実験という訳だ。今までの経験では韮山の養魚場では30-50g位のときにボケ病が一番発生し易く、良くても半分が犠牲になってしまっていた。これが順調にいけば40日位で製品サイズに育つ。梅雨明け頃をお楽しみに。



●5/28 どうにもオカしい最近の養殖アユだが、低水温の方が育ちが良い状態は相変わらず続いている。これが駿河湾の海産アユだけのことなのか、他のアユにも同じことが起こっているのかは断定できないが、同業者の話を聞くと、その傾向は明らかな様だ。

私は単純に「アユは水温が高い方が有利」と思ってきたが、流石にここ数年で考えが変わった。何回か書いたが人口 孵化アユはある日突然死に始める。我々はそれをボケ病と呼んでいるが原因は不明だ。水温が高いほど被害は大きく 、何万匹ものアユが数日で全滅してしまうことも珍しくない。ところがKFSの低い水温で飼うと、そのボケ病が発 生し難いばかりか、発生しても被害が軽微である。

また不思議なことにボケ病は一度発生して回復すると、その後発病しない…もしくは、し難いようだ。免疫・・・が 出来るのか?? これが「ボケ病=ウィルス説」だ。



●5/22 デジカメの機能のひとつにインターバルタイマーというのがある。一定間隔でシャッターを連続して切れるという機能だ。フィルムカメラでこれをやろうとしたら、エラい装備が必要となるし、無駄になるフィルムも多いので一般的ではない。で、いつか挑戦してみたいと思っていたのだが、実現せずに時代はデジカメになってしまった。

デジカメになったら、あまりに簡単そうなので意欲がなくなり、またまたほったらかしになっていた。今月に入ってビニールハウス内のパッションフルーツの花が咲き始めたので、ちょっとやってみようかという気分になった。案の定、ほーら簡単。ポケットに入ってしまうようなカメラで、こんなに簡単に開花の写真が撮れてしまうのだから、デジタル文化は面白いような、つまらないような。写真館にアップしておきました。



●5/17 この病気が不公平?なのは、各養魚場の環境によって発病が稀だったり、発病しても簡単に治ってしまったりすることだ。もちろん技術的な優劣もあるが、アユ養殖が人工孵化アユ中心になってから、生産が上がらなくて廃業してしまう養魚場や、過去最高の生産を上げる養魚場が同時に存在するのは、この病気が如何に飼育環境に左右されるか証明している。しかもその飼育環境というのが、過去に天然種苗で好成績だったところが良いとは限らない・・・というか、そういう養魚場ほど上手く飼えない状況になって衰退していったと思う。私もそれを如実に体験した。

私は人工孵化アユとの付き合いが長く、県の生産施設に同級生がいたこともあって、30年前から養殖用に稚魚を購入したり、放流用のアユの中間養殖を委託された。ところが出荷直前になると、この病気に捕まり全滅に近い被害を被ることがあった・・・というか、ほとんどだった。私のところの施設は全体をビニールハウスで覆い外界と完全に隔離して、地下100mの無菌の水を使っていたので、無菌状態の人工孵化アユを育てるには抜群の環境と思われたのだが、一度も満足に育てられないまま、5-6年前「もう、止めた!」とういう結論に達した。




●5/16 ここ3年ばかり人工孵化アユの調子がいい。もともと人間の手で無菌の環境のなかで育てられて来ているから、池入れ後、病気に感染させさえしなければ順調に育つはず・・・と売る側は言い続けていた。ところが以前は、例の?冷水病に感染しやすく、しかも温室育ち?なので抵抗力が乏しいのか、一度感染してしまうと酷いことになったものだ。それが最近は、その冷水病に罹らない。確かに私のところでは、もう10年間も琵琶湖産のアユを飼っていないので冷水病に関してはクリーンな状態になっているのかもしれない。

じゃぁ簡単じゃんか・・・儲かってしょうがないだろう。と思うかもしれないが、人工孵化アユには、もっと恐ろしい「ボケ病」と言うのがある。人工孵化アユの養殖が始まった頃からあった病気なのだが、未だに病原菌は分離されないし、我々が診ても細菌性の病気ではないことが想像出来るほど特異な死に方をする。私は「電池が切れた・・・」と表現するが、2-3日で2万匹入っていた池が全滅することもある。細菌性ではないので薬は効かない。

私にとって進行中の「ボケ」とは根本的に違う病気だ。



●5/15 ここ数年、アユの養殖で不思議な現象が起きている。本来なら水温が高いほど・・・といっても23-25℃までだが・・・生育が良いはずなのだが最近は、どうも低い方がいいんじゃないか・・・? という雰囲気になってきた。このことは過去にも何回か書いているが、その傾向は年々著しくなっているように思う。

で、今年も韮山のアユの養魚場では水温が22℃位まで上がるようになってきたので、先週あたりから16℃しかないKFSの養殖池に移動を始めた。その方がかえってエサを順調に食べる。普通の方が聞いてもなんてことはない話なのだが、アユ養殖にたずさわっている方なら、これがどんなに異常な事態か判るだろう。

特に海産アユにこの傾向が強いのだが、もしそうであれば河川に上ったアユが、水温が上がる梅雨明け後に一気に大きく育つという話も怪しくなる。狩野川は真夏には25℃にもなるが、その頃になっても、あるいは秋になっても15cmにも満たないアユがうじゃうじゃ泳いでいるという現実は納得できる。



●5/14 今年の狩野川のアユ解禁は5月26日だ。川の様子は良く判らないが近くの橋の上から見ても、私の眼では遡上が確認出来ないから、アユは決して多くはなさそうだ。ただここ10年位は遡上が多すぎると、アユが大きくならないまま秋になってしまうし、遡上が少なくて困ったぞ・・・なんて年に限って大きなアユが釣れて人気が出たりするから、自然も釣り人の気持ちも判らない。

解禁まで2週間を切ったというのに、近所のアユ養魚場は落ち着いてしまっている。狩野川周辺の小さな養魚場は、水が温む4月中旬になると、10-12cm位の小アユを仕入れて友釣りに使うオトリアユに育てている。だから今頃になると解禁に足りない分を追加仕入したり、川のオトリ屋さんに営業にでたりと、何かと騒がしくなるのだが、年々、解禁前のお祭り騒ぎが無くなってしまっている。

それでも先週に続き、今日は伊豆湯ヶ島まで2往復、明日は大型トラックでの配達がある。アユは解禁という節目があるので私もここらで気持ちが引き締まる・・・少しだけだが。



●5/7 2001年の夏に中学1年生だったミハルとモンゴルに行った。草原のゲルに4泊して、毎日ただ馬に乗るだけの旅だ。帰りは飛行機の都合でウランバートルに1泊するのだが、時間が余ったので遊園地に行ってみた。ペンキが剝げた観覧車やコーヒーカップが、子供の頃に行った百貨店の屋上にあった遊園地を彷彿とさせた。唯一激しく?動いていたのが年代物のジェットコースターだ。ジェットコースターというよりは高いところを走る「おさるの電車」って感じなのだが。4人乗りの鉄製の車体が、ギシギシと錆びついた軌道を走っていた。相当古い代物で興味深かったので乗ってみた。

いくらボロでも脱線するはずはない・・・という既成概念が「まさか」という思いを微塵も持たせなかった。もちろん「まさかの事態」にはならなかったのだが、モンゴルにジェットコースターの安全基準とか定期点検があるとは思えない。どんどん高速化、恐怖化?が進むジェットコースターだが、おそらくそのスピードの何乗かに比例して危険性が増す。脱線するはずはない・・・という神話が崩れて「純粋に怖い乗り物」になってしまったわけだ。宙返り2回ひねり・・・とかいうよりも「3年間点検してません」って書いてあった方が本当に怖い



●5/8 その3倍体ホーライだが、現在は韮山のアユの養殖池にいる。孵化して3週間程、ちょうどメダカ位の大きさに育っていて、粉のような配合飼料を撒くとついばむ様にして食べる。まだエサを発見追跡?する能力や体力に乏しいので、私が池の周囲を回りながら少しづつエサを撒く。

今回の3倍体ホーライは8万匹位なのだが、餌付けの作業をする養殖池が大きい(アユの池)なので匹数が少ないと、かえって手間が掛かる。30-40万匹入っていると、そこら中がサカナだらけになるから、どこにエサを撒いてもサカナに当たる。サカナも社会性があるから近所?のサカナが配合飼料を安全なものと判断して食べ始めると、他のサカナもつられて食べ始める。サカナが少ないとエサがサカナに当たらずに池底まで沈んでしまう確率が高くなる。残餌は池と水を確実に汚す。



●5/7 最近、めったに釣れないのが3号池のデカホーライだ。他の池では普通のホーライがたくさん釣れるが、3号池のそれとは根本的に違う。デカホーライは3倍体、普通に釣れるヤツは2倍体で秋には成熟し食味は落ちる。3倍体ホーライの卵は愛知県の鳳来町にある水産試験場で作られているのだが、ここ数年、成績が思わしくなく民間業者には全く回ってこなかった。いくら3倍体が成熟しないで成長を続けるといっても、レインボーとしての寿命があるので、KFSにいた3倍体ホーライはほとんど居なくなってしまったという訳だ。

もう3倍体ホーライの発眼卵は入手出来ないだろうと諦めていたら、1か月前に少しだけ手に入った。3号池への放流サイズ(2kg)に育つには2年間も掛かるから先の長い話ではあるが、お楽しみに・・・ということだ。現在3号池に放流されているのは、3倍体ドナルドソンだ。これも俗に言う「ドナルドソン」とは違い、けっこう珍しくて美味いレインボーなのだが、見た目は普通のレインボーと区別が付き難いので「恥ずかしがり屋」の私は普通にニジマスと言っている。



●5/3 ゴールデンウィークで世の中が浮かれていているが、生き物を飼っているから、その恩恵?に授かったことは無い。それでもKFSを開設する前は、出荷先の水産市場も連休を取ったりしたので、GWはそれなりにヒマだった。それが今は、正月お盆休みと並んで忙しい日々となってしまった。

ちょっとゴマかせば?9連休という方もいるGWだから、普段行けない遠くへ行こう・・・となるのが健全な日本人だ。で、京浜圏や中京圏から、ほどほどの距離にある富士箱根伊豆の観光地は人気だった。そこへ通じる道路の渋滞は名物・・・というヒトもいた。KFSと韮山にある自宅は伊豆の名物渋滞の中枢ともいえる道路を走らなくてはならない。

その道路が今年は空いている・・・なぜだろう? 朝晩、KFSと自宅を往復するので渋滞はご免だが、伊豆への観光客が食べてくれるアユが少ないのは困る。



●4/20 実は私も野菜の苗を作っている。高価な種と土を使い、アユ池のビニールハウスの中で作る。なかなか評判が良い。もっと早く出来ないか・・・と言われることもあるが、せっかく手間を掛けて作るのだから、ちゃんと育って実を付ける様に、毎年5月になるまでは外に出さない。ビニールハウスの中は、養殖池に21℃の水が入っているために、真冬でも暖かい。その気になれば真冬でも苗は育つ。でも、苗の行先は知人ばかりだから、枯れてしまうと判っていては渡せない。

気温が低い時には定植した後、苗にプラスティックのポットを被せたり、地面に黒いビニールを敷くと良い・・・つまりホームセンターではそんなモノも売れる訳だ。もしかしたら枯れてしまうのは肥料が足りないのかな・・・と肥料も売れるかもしれない。しかも、もう一度苗も売れる。早期の野菜の苗には凄い効力があるのだ。

他所の釣り堀に収めるサカナは釣られる前に死んでしまえば、もう一回買ってくれて売上が倍になるかというと、代金を貰えないばかりか、二度と買って貰えなくなってしまう。これはお互いにプロだからだ。



●4/19 桜も散ってしまってから何日も経つのに寒い日が続く。ここ数日は冷たい雨が降るし。先日、ホームセンターに寄ったら野菜の苗がたくさん売られていた。買って植えた方は、この寒さで壊滅だろう。お店に並んだ野菜の苗は、とっても元気そうに見えて、家庭菜園に植えれば直ぐにも育ってしまいそうだが、なかなかそうはいかない。

当たり前だが、それらの苗は温室で作られている。お店では大した寒さに接しないので元気に見えるが、外に植えられ、こんな寒さに遭ったら直ぐにダメになってしまう。本来なら5月になってから植えるのが正解なのだが、お店としては他所よりも早く売り出すことで売り上げを伸ばしたいので、年々早くなっている・・・と思う。お客さんが先を争って植えて次々に枯らしてしまえば、さらに追加で売れることを企んでいるかもしれない・・・ぞ。

気温が低い時には定植した後、苗にプラスティックのポットを被せたり、地面に黒いビニールを敷くと良い・・・つまりホームセンターではそんなモノも売れる訳だ。もしかしたら枯れてしまうのは肥料が足りないのかな・・・と肥料も売れるかもしれない。しかも、もう一度苗も売れる。早期の野菜の苗には凄い効力があるのだ。



●4/16 こりゃ日記のネタに出来るぞ・・・と思いデジカメで写しておこうと考えた。リコーのR-5というコンパクトデジカメだ。半年前に買ってHPの写真で活躍している。で、乾燥機の写真を撮ろうとしたら「壊れてるじゃん!」。液晶が見事に前衛芸術になっている。どうも液晶面に硬いものが当たったらしい。

カメラ屋さんに持っていくと「軽く1万円以上は掛かるね・・・」とのお言葉。このお店は型遅れのデジカメを安く売っているコーナーがある。同型のデジカメも新製品が出たので21800円で売っていた。半年前に32800円で買ったんだぞ・・・デジタル文化は絶対おかしいぞ! 20年後まで使えたり、ベルトを交換しただけで使えるデジタルモノはあるのか。

デジカメは壊れ易いのか? 小さくて便利なので気軽にポケットに入れて持ち歩いたりするので、フィルムカメラとは使用頻度が桁違いだ。壊れ易い・・・というよりは壊し易いということだろう。



●4/15 20数年前の嫁入り道具?の衣類乾燥機が壊れた。20年以上も文句も言わずに良くがんばったものだ。ドラムは回るし内部も熱くなるのだが乾かない?? どういうことか考え込んでしまったが、どうも排気がされていないようだ。乾燥機は内部で空気を循環しているので、熱い排気が外に出ることはない。内部で循環させるためのメカに異常があるようだ。で、初めて衣類乾燥機の分解に挑戦した。

まず重たい! 現場は狭いので居間に運んでから裏ブタを外してみると、おお、乾燥機ってこういう構造になっていたのか・・・と、ちょっと感心する。大きめのリンゴくらいのモーターがベルトを介してドラムを回していることは想像が付いていたが、同軸にさらに大きなプーリーがあって、細い丸ベルトでドラムの後ろにある巨大なファンを回していたのだ。この細いベルトが切れていた・・・っていうか5mm位のベルトがよくも20年間も大きなファンを回し続けていたものだ。

問題はこのベルトを何処で手に入れるかだ。メーカーに問い合わせても、その場合は修理に出してください・・・って言われるかもしれない、最近事故が多いから。三島にベルト専門店があることを思い出し行ってみると、この手のベルトはメーター幾らのベルトを買って、切断面を加熱接着して自分で作るんだそうだ。やってみたら、あら簡単、300円で直ってしまった。1万円くらい得したかな?? と喜んだのも束の間・・・事件はすでに起こっていた。



●4/9 で、どうしてもエサをたくさん与えすぎて調子を崩すことが、ひとシーズンに何回かある。トラウト類の場合、給餌はペレットを手撒きで行うのが普通だ。これだとサカナがエサを食べる時の勢いで「あれ?ちょっと調子が悪いかな?・・・エサを控えておくか」ってことになるのだが、アユの場合は自動給餌機をタイマーに接続して使うので、無人状態で給餌作業が行われることも多い。

機械はサカナが食欲が無くても、時間が来れば一定量のエサをバラ撒く。アユは勢いで食べてしまい消化不良を起こし、あらゆる病気の原因となる。現在、私のところでは6時、9時、13時、17時30分の4回に30分づつ自動給餌機が作動する。KFSにも行かなくてはならないので、どうしても13時の給餌は無人になってしまう。これは、ちょっとドキドキしてしまうことなのだ。週末などでで朝イチからKFSに行かなくてはならない時には、13時の給餌は中止とする。

私が17時になると帰り支度を急ぐのは、「本日の仕事は終わり!」という訳ではないのだ。



●4/8 さて終盤になって一気に大量に入ってきた海産稚アユだが、案の定、病気から復活したとたんに凄まじい勢いでエサを食べ始めた。乾燥した配合飼料を1日当たり自分の体重の10%位を食べる。人間だったら20kgの食事だ。これだと1週間で2倍に育ち、1か月で16倍以上になってしまう計算だが、もちろんそうはいかない。このまま食べるだけエサを与え続けると、ある日突然、電池が切れたように死んでしまうので、アユの様子を見ながら調整していく。

早目にエサの量を控えれば安全なのだが成長は遅くなってしまう。無理をして途中で病気を出してしまえば、やっぱり遅くなってしまう。この辺りの調整は長年の経験がものをいうのだが、経営者は欲張りなので、どうしてもエサを与え過ぎて死なせてしまうことになる。スタッフに10gになるまでは8%、20gまでは6% 30gを超えたら4%とか命令して機械的にやった方が失敗が少ない・・・ような気がする。

といっても韮山の養魚場は私が一人でやっているので「急がば回れ・・・だぞ」と自分に言い聞かせながら給餌している。



●4/7  休肝日をちゃんと実行している方は、そうでないヒトと比べると長生き・・・高い調査費を使って厚生労働省が発表した。週に2ー3日は休肝日を設けるのが良いという酒好きには絶望的なお達しだ。私も酒は大好きだ。晩酌は欠かさない。旅行中以外に休肝日は考えられない。といっても、大酒飲みではないので多くても日本酒なら2合、ワインなら2日で1本に留めている・・・本当は倍くらい飲みたいのだが。問題は毎日飲んでしまうことだ。

で、週に2日間の休肝日を守れるって方は、健康に対する意識が強いはずだから、私生活全体が健康的である可能性が高い・・・はずだ。だから酒好きの寿命が短いっていうよりも、健康に気を使っている方は「休肝日が出来ないヤツ」よりも「僅かだが長生き出来る可能性がある」っていう風に理解した。

私も成人病予備軍なので毎月病院に行くのだが、そこの先生は良い方で「なーに、1日2合くらいなら休肝日なんか要らないよ!」と言ってくれるので心強い。ただ、その先生が太っていて、全く健康そうに見えないのは心配だ。



●4/5  先日、群馬の○○ですけど、覚えてますか・・・? と電話があった。昨年カイラスで一緒だったS氏だ。彼は、もう70に近いのだが、そのバイタリティには呆れた・・・いや敬服した。何てたって普段足にしているクルマがラリー仕様のランサー、といっても「なんちゃって」じゃなくて、エアコンも無いスパルタンなヤツだそうだ。聞けばリタイアーするまでは国際ラリーにも何回か出場経験もあるとのこと。成田に見送りに来られた美人を娘さんと思ったら、30歳年下の奥様??

退職後は主にアフリカを旅されたそうで、カイラスを巡りながら話をしたら、私もすっかりアフリカ熱に感染しそうになってしまった。私も若い頃から旅が好きだったのだが、当時のアフリカへのひとり旅は正しく「冒険」であった。23歳の時にモロッコからヒッチでアルジェリアに入りサハラを覗きに行ったが「こりゃ素人の手に負えないだろう・・・」と引き返した思い出がある。1977年当時、アフリカには55の国があり、その殆どがビザを要求していた。

で、そのS氏が一緒にマリ共和国に行かないか・・・と言うのだ。アフリカで、どうしても行ってみたいところは少ないのだが「ティンブクトゥー」と「ジェンネ」の名前は中学生の頃から知っていたし、写真で見る「ドゴン族」は今でも私のイメージの中にあるアフリカそのものだ。その3つがあるのが「マリ」なのだ。



●4/2 中学2年生の次女ミハルが鳥を拾って来た。きっと巣から落ちたのだろうと言う。そのネズミ色の小鳥は、新聞紙が敷かれたダンボールの中に小さくなってうずくまっていた。私は鳥には詳しくないので、それが何ていう鳥なのか見当もつかない。くちばしが猛禽類のように鋭くカギ型になっているので、育てればタカやワシの様に・・・もしかしたらハリーポッターのフクロウの様になるのでは・・・と娘は期待しているようだった。しかし、小さいながらも羽は既にしっかりしているし、なんと足には水かきがあるぞ・・・???何だ??。

で、夜になって近所の獣医さんに娘と一緒に見せに行くと、コシジロウミツバメとのこと。何で海鳥がこんなところに落ちていたのかはナゾだが、彼女はすっかりと興味を失ってしまったようだ。買ってきたシラスも食べないので、海に連れて行って放して上げることにした。朝6時に沼津の海へ。飛べないんだから、放しても直ぐに死んじゃうんだろうな・・・手のひらに乗せて最後に写真でも撮っておこうか、と思った瞬間・・・飛んだ!! そのコシジロウミツバメは彼女の手を離れて、勢い良く海に向かって羽ばたいた。数秒でまだ薄暗い海に消えた・・・。

賢いスズメの様に恩返しには来ないだろうが、娘の手には小鳥の温もりと野生の力強さが残ったはずだ。

以上は2003年1月に、このHPの「独り言」に書いた日記だ。
ミハルが今朝、北海道の大学で学ぶために旅立った。

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